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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第10章 New MooN

 臨尚宮の言葉どおり、この四年間、徳宗は定まった後宮を置くことはなかった。女官に夜伽をさせることもなく、ひたすら莉彩一人を想い続けて独り身を通していたのである。
 一人の妃もいないという後宮は淋しいもので、精彩にも欠けていた。漸くただ一人の国王の想い人が戻ってきたものの、その愛妾は大っぴらには言えないが、どうやら姦夫と通じて国王の烈しい怒りを買ってしまったようだ。
 莉彩は人気のない殿舎の前に佇み、そっと空を見上げた。淡い菫色の空に頼りなげな新月がぽっかりと掛かっている。まるで女人の繊細な爪のような月は、少し力を込めれば真っ二つに折れてしまいそうに儚い。
 東の空の端がわずかに白んでいるのは、そろそろ夜明けが近いからだろう。
「うっ、うっ」
 莉彩は声を押し殺して泣いた。
 涙が止まらなかった。たとえ王のためとはいえ、王の心をあそこまで追い込み、徹底的に傷つけたのはこの自分なのだ。どのような罰を受けようと酷い目に遭わされようと覚悟はできているつもりだけれど、愛する男にレイプ同然に抱かれるのは辛いことだった。
 自分が出した応えは、本当に正しかったのだろうか。徳宗のために、聖泰のためにしたことが彼等のためになったのだろうか。
 莉彩は涙をひっそりと流しながら、いつまでも生まれたばかりの細い月を眺めていた。

 人々は時ここに至り、王が何ゆえ、孫淑容を死罪に処さなかったのかを思い知ることになる。徳宗はその後も、夜毎、孫淑容の寝所に通い続けた。徳宗は莉彩を恥辱の限りを尽くすように抱き、閨で連日のように責め立てた。翌朝、昼近くなってから莉彩の寝所から出てくることさえ、珍しいことではなかった。
 徳宗は孫淑容を拘束し、容赦なく蹂躙するという形で〝罰した〟のである。
 大臣を初め主だった廷臣たちはあまりの徳宗の孫淑容への傾倒ぶりに眉を顰めたものの、特に政に支障を来しているわけでもなく、黙認の姿勢を取るしかなかった。
 そのようなことが続いたある朝のこと。
 莉彩は自室で脇息に寄りかかっていた。華やかな色合いの座椅子の背後には、紫の可憐な花をつけた枝と花に戯れかけるように飛ぶ蝶が描かれている。
 その花はリラであった。かつて王が愛妃のために絵師に特別に描かせたものである。

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