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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第10章 New MooN

 もちろん、この時代にまだ朝鮮にはライラックは存在しないため、王が口述したり、莉彩が挿している例の簪を見せたりして描かせた想像上の花ということになっている。
 それほどの細やかな気遣いを示した王のあまりの変貌ぶりは、今や後宮はおろか宮殿中の噂となっている。その渦中にいるのは莉彩当人であった。
 莉彩は結い上げた艶やかな黒髪から、そっとリラの簪を抜き取る。格子窓から差し込む四月の陽光を受けて、アメジストがきらきらと輝きを放った。
 十四年前と十年前には、この時代に来たのは現代とほぼ同じ季節だったのに、今回だけはわずかなズレが生じている。二十一世紀の日本では二月だったのが、こちらでは既に四月になっていた。
 四月といえば、北海道ではリラの花が咲く頃だ。莉彩は十八歳から二十七歳までを過ごした彼(か)の地を懐かしく思い出した。あの男が見てみたいと言ったリラの花。リラの花の咲く場所だというだけの理由で選んだ進学先。
 この時代から遠く隔たった現代にいても、何もかもが莉彩にとっては、徳宗に繋がるものだった。離れている徳宗のことを思い出すだけで逢いたくて涙が溢れたけれど、その分、幸せな気持ちにもなれた。
 なのに、今はどうだろう。徳宗のすぐ傍にいて、夜毎、その腕に抱かれているというのに、莉彩にとって彼はかえって遠い人になった。こんなに近くにいるのに、心は現代と朝鮮王国時代よりも遠く離れ、二人の間には埋められぬ溝ができてしまっている。
 すべてを招いたのは自分だと判ってはいるけれど、やはり哀しくてやり切れない。
 莉彩は立ち上がると、部屋の片隅にある文机の引き出しを開け、手紙を取り出した。

―いつか申し上げたように、強い縁で結びついた者同士というものは、いかにしても引き離すことはできぬのです。
 お嬢さまにとって何が真に大切なことなのか、ご自分の進むべき道を今一度、とくとお考えになられてはいかが?
 お嬢さまが再び儂の前へ現れたのも、これも一つの必然にございましょう。
 天のお与えになった縁を是非とも大切にあそばされますように。

 もう幾度読み返したか知れぬ、あの不思議な老人からの文だ。

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