
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第10章 New MooN
その翌日の昼下がり。
徳宗は宮殿内の敷地を歩いていた。国王の移動には常にあまたの伴回りの者たちが付き従う。大きな緋色の天蓋を掲げた者が静々と王の傍に控え、後ろから国王に仕える尚宮、内官、更には女官たちが恭しく付いてくる。
徳宗は少し離れた前方に、幼い子どもが一人で遊んでいるのを見つけた。どうやら、莉彩の子―聖泰とかいったか―のようだ。しゃがみ込んで、石ころを使って一生懸命に何やら地面に書いている。
徳宗は真っすぐに聖泰に近づいた。
「聖泰(ソンテ)」
呼ぶと、子どもが弾かれたように顔を上げる。やがて視線の先に徳宗を認めると、子どもの顔が曇った。
「おいで」
手招きしても、聖泰は警戒するように後ずさる。まるで、昨日、腕を伸ばした徳宗から逃れるように身を退いた莉彩にそっくりだ。
徳宗は自分の方から聖泰に近づいた。
聖泰は何も喋ろうとせず、立ち尽くしている。徳宗は手を伸ばして、子どもを抱き上げようとした。
聖泰が後ろに後じさり、徳宗を睨み上げた。
「おじちゃんは悪いヤツだ。ボクのお母さんを苛めるな」
「こ、これっ。国王殿下に何を申すのだ、控えなさい」
大殿内官が顔色を変えて聖泰を叱りつけた。だが、子どもは利かん気な眼で内官にあかんべえをして見せ、ついでに徳宗にも舌を出した。
「お母さんはいつも泣いてばかりいる。ボクと一緒に寝てって言っても寝てくれないし、朝、起きてくると、哀しそうに泣くんだ。おじちゃんがお母さんを苛めるから、お母さんは泣くんだよ」
「―」
徳宗は幼子に返すべき言葉を持たなかった。子どもの言うことは、すべて真実だったからだ。
聖泰は言うだけ言うと、そのまま踵を返して走り去った。
「国王殿下に対して、何と無礼なふるまいでしょう」
大殿付きの尚宮、劉尚宮が眉を顰める。
「良いのだ」
徳宗がゆるりと首を振る。
傍らの内官もまた大仰な吐息をついた。
「全く神をも怖れぬ大それたふるまいにございます」
徳宗は宮殿内の敷地を歩いていた。国王の移動には常にあまたの伴回りの者たちが付き従う。大きな緋色の天蓋を掲げた者が静々と王の傍に控え、後ろから国王に仕える尚宮、内官、更には女官たちが恭しく付いてくる。
徳宗は少し離れた前方に、幼い子どもが一人で遊んでいるのを見つけた。どうやら、莉彩の子―聖泰とかいったか―のようだ。しゃがみ込んで、石ころを使って一生懸命に何やら地面に書いている。
徳宗は真っすぐに聖泰に近づいた。
「聖泰(ソンテ)」
呼ぶと、子どもが弾かれたように顔を上げる。やがて視線の先に徳宗を認めると、子どもの顔が曇った。
「おいで」
手招きしても、聖泰は警戒するように後ずさる。まるで、昨日、腕を伸ばした徳宗から逃れるように身を退いた莉彩にそっくりだ。
徳宗は自分の方から聖泰に近づいた。
聖泰は何も喋ろうとせず、立ち尽くしている。徳宗は手を伸ばして、子どもを抱き上げようとした。
聖泰が後ろに後じさり、徳宗を睨み上げた。
「おじちゃんは悪いヤツだ。ボクのお母さんを苛めるな」
「こ、これっ。国王殿下に何を申すのだ、控えなさい」
大殿内官が顔色を変えて聖泰を叱りつけた。だが、子どもは利かん気な眼で内官にあかんべえをして見せ、ついでに徳宗にも舌を出した。
「お母さんはいつも泣いてばかりいる。ボクと一緒に寝てって言っても寝てくれないし、朝、起きてくると、哀しそうに泣くんだ。おじちゃんがお母さんを苛めるから、お母さんは泣くんだよ」
「―」
徳宗は幼子に返すべき言葉を持たなかった。子どもの言うことは、すべて真実だったからだ。
聖泰は言うだけ言うと、そのまま踵を返して走り去った。
「国王殿下に対して、何と無礼なふるまいでしょう」
大殿付きの尚宮、劉尚宮が眉を顰める。
「良いのだ」
徳宗がゆるりと首を振る。
傍らの内官もまた大仰な吐息をついた。
「全く神をも怖れぬ大それたふるまいにございます」
