テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第10章 New MooN

 その傍らには更に、小さな子どもの絵が添えられている。あの幼児が何を描きたかったかは徳宗にもすぐ察せられた。
 徳宗の胸を言いようのない感情が駆けめぐる。子どもに罪はないと判っている。たとえ莉彩が自分を裏切った結果の子どもだとしても、あの子に責任はない。確かに面白くはないが、それで、あの子どもの生命を取ろうとまでは思わない。
 最初のうちは妻に裏切られたという怒りだけで、憎い姦夫の子どもなど殺してしまえば良いと考えたこともあった。だが、本来、徳宗は穏和で情け深い人柄である。何も好んで罪のない幼子の生命を奪う必要はないと思い直すようになったのだ。
 莉彩の相手―あの子どもの父親は一体、どのような男なのだろう。考えてみれば、自分は莉彩より十四歳も年上だ。莉彩は今、三十歳、徳宗は今年、四十四になった。まだまだ気力も体力も衰えてはおらぬと自負はしているものの、二十代、三十代の頃のようにはゆかぬだろう。
 莉彩は現代に還ってから、淋しさのあまり他の男と拘わったと言っていた。今でも、莉彩がそのようなことのできる女だとは信じがたいが、当人がそう断言するのだから、間違いはあるまい。
 以前逢わなかった十年間のことは、徳宗も莉彩からよく話を聞いたものだ。だから、たとえ逢わなくても、徳宗は莉彩が現代でどのような時間を過ごしてきたのかを知ることができたし、また、自分の知らない莉彩の話を聞くことは愉しみでもあった。
 しかし、今度は、莉彩は逢わなかった四年間のことは何も話そうとしない。ただ、男とは別れ、子どもを一人で働きながら育ててきたとしか言わない。
 徳宗にしてみれば、莉彩とその男のことなぞ聞きたくもないが、一人の男として考えた時、何故、その男は莉彩に対して男の責任を果たそうとしないのかとも憤りを憶えた。
 子どもまでなしておきながら、女を棄てるとは到底、許しがたい所業だ。徳宗であれば、たとえ愛や気持ちが冷めてしまったのだとしても、女と子どもは最後まで面倒を見るだろう。自分の子どもまで生ませた女を見捨てることなど、できようはずがない。
 はるか未来の、しかも倭国の事情など徳宗が知る由もないけれど、女独りで幼子を育てるのは容易ではあるまい。この時代であれば、身をひさぐ妓生(キーセン)にでもなって妓楼で働くくらいしか生きる道はない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ