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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第10章 New MooN

 徳宗は莉彩をそのような境遇に追いやった男を憎いとすら思った。それは、妻を寝取られた良人の感情としてはまた別次元のものだ。
 昨日の朝、莉彩の見せた怯え様が徳宗の瞼に甦る。眼に涙さえ滲ませ、まるで見知らぬ男を見るような眼で自分を見つめていた女。
 確かに、今の自分は莉彩に怖がられても嫌われても仕方ないことをしている。徳宗は今でもまだ莉彩を愛していた。愛しているからこそ、思いどおりにならぬ女に対して憎しみを抱(いだ)き、靡こうとせぬ女の身体だけでも手に入れようとあがく。
 それが逆に女の心を更に遠のかせ、二人の間の溝を深めているのだと判っていても、止められない。
 あの子どもは、顔を見たこともない父親を慕っているに違いない。彼が描いた絵のように、父と母、それに自分と三人で暮らしたいと願っているのだろう。
 もし、あの子が自分の血を分けた子どもであれば、どれほど良かったことか。しかし、あの子は我が子などではなく、莉彩が他の男と密通してできた不義の子であった。同情などしてやる必要はさらさらないのだ。
 そうは思っても、あの子どもの描いた拙い三人家族の絵が頭から離れない。
 自分はもう二度と、愛する女の心を取り戻すことはできないのだろうか。
 徳宗は不安と焦燥感に駆られながら、その場に立ち尽くしていた。

 徳宗が愕然としていたのと丁度同じ頃、莉彩は大妃殿から呼び出しを受けていた。
 あの大妃から呼び出しが来て、お付きの崔(チェ)尚宮は見ているのが気の毒になるくらい蒼白になった。花房や春陽も瞬時に顔を強ばらせていたが、莉彩は存外に平然としていた。
 取りあえず数人の女官を連れ、大妃殿に向かったというわけである。
 室に通された莉彩は、まず両手を組んで座って最敬礼を行った。更に立ち上がって深く腰を折る。
「孫淑容、しばらくであったな」
 上座に座した大妃は相変わらず、化粧が濃く、派手やかなチマチョゴリを纏っている。
 腕には幾つもの腕輪、指には多数の指輪が揺れていた。
 莉彩が座ると、大妃は気さくに声をかけてくる。その馴れ馴れしいというか親しげな態度は、これまで二人の間にあった一切のわだかまりを忘れたかのようでもあった。

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