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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第10章 New MooN

 しかし、この大妃ほど侮れない、怖ろしい女はいない。莉彩はこれまでにも二度、謂われのない罪で鞭打たれたことがあった。そのときのことを、けして忘れたわけではない。
「そなたが後宮から姿を消して、私としては正直申せば、ひと安心していたのだが、肝心の国王殿下は後添えを娶られるお気持ちもなく、さりとて、側室を置かれるつもりもなく、ほとほと困っておったのだ」
 いかにも大妃らしい科白に、莉彩はつい笑みを浮かべてしまった。
「殿下も既に四十を過ぎられた。このまま王子ご生誕がなければ、王室は危うい仕儀となる。単刀直入に訊ねるが、そなたは再入宮してから、既にふた月になる。その間、懐妊の兆はないか?」
 莉彩が小さく首を振ると、大妃は吐息を洩らした。
「さもありなん。ご寵愛をお受けして、まだふた月では、懐妊したかどうかも判らぬものだ」
 そこで大妃がガラリと口調を変えた。
 親密そうなものから、居丈高になる。莉彩のよく知る大妃の物言いだ。
「ところで、そなたはこの四年、一体、どこで何を致しておったのだ? そなたのその間の動向については、皆が様々なことを申し、到底耳にするのもはばかられるような憶測まで飛び交っておる。殿下は知り人の許に隠し住まわせていたなどと苦し紛れの言い訳をなさっておられるが、誰もそのようなことに納得している者はおらぬ」
「そのことに関しては、何も申し上げられませぬ」
 まっと、大妃の傍らに控える孔(コン)尚宮が莉彩を睨みつける。その顔には〝何と無礼な〟とありありと非難の色がある。対して、莉彩の傍の崔尚宮が心配げに莉彩を見つめた。
「まぁ、良い」
 大妃は孔尚宮を宥めるように言うと、紅い口許を笑みの形に引き上げた。
「それでは、質問を変えよう。淑容、そなたが連れてきた子どもは、一体、誰の子だ?」
 これも幾度も向けられた問いだ。
 莉彩は軽く頭を下げた。
「真に申し訳ございませぬが、そのご質問に対してもお応え致しかねまする」
 大妃が意味ありげに口許を歪めた。
「あの子どもは、畏れ多くも殿下のお子ではないのか?」

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