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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第10章 New MooN

 大妃は溜息をついた。
「そなたにも遠く離れた故国に、親兄弟がおろう。だが、そなたが真に国王殿下を心よりお慕いするのであれば、この際、両親や大切なものと訣別して、この国で生き骨を埋(うず゜)め、朝鮮の土になる覚悟を致すのだ」
「大妃さま、私は」
 莉彩の唇が震える。
 現代と訣別して、莉彩から見れば、はるか過去の世界―徳宗のいるこの時代で生きよと迫られている。
 思いもかけない展開だった。よもや大妃当人から、そのようなことを言われるとは。
 重たすぎる沈黙が室内に降りる。
 莉彩には随分と長い時間に思えた。
 返事を躊躇う莉彩を大妃は冷めた眼で見つめていた。
「口ほどにもない、その程度の覚悟か」
 やがて、沈黙は大妃の呆れ声で破られる。
「殿下もつまらぬ女にのぼせ上がられたものだな。良いか、そなたがたいむとらべらーとやらであろうが、倭国の者であろうが、私にはどうでも良い。私が望むのは、殿下の妃となり、その王子を生むことのできる女なのだ。そなたがこの四年で何をしていたとしても、他の男と通じていたとしても、この際、眼を瞑ろう」
 理由はどうあれ、大妃が自分を邪魔者だと認識しておらぬ今、大妃が莉彩を使って徳宗を脅迫する心配はなくなった。が、徳宗の進む道の妨げとなる愁いはなくなっても、莉彩には、どうしてもこの時、はきと〝諾〟と応えることができなかったのである。
 ただ一人の男のためにすべてを棄てるのが怖かったからではない。莉彩は今の徳宗が怖かったのだ。そこにどのような理由があるにせよ、夜毎、莉彩を荒々しく組み敷き、欲望のままに犯す男が怖くてたまらなかった。
 莉彩が真実を話せば、確かに徳宗は以前の彼に戻るだろう。でも、莉彩は知ってしまった。徳宗がこのような粗暴な一面を持つ男だと。酷薄な表情で自分の身体を貪る男に心から付いてゆけるはずがない。それは、徳宗への想いとはまた別のものだ。
 徳宗のことは好きだ。哀しいけれど、こんなに二人の溝が深まった今も、徳宗を嫌いになれない。いっそのこと、嫌いになってしまえたら、気は楽だろうのにとすら思う。だが、好きという気持ちがあるからといって、手籠めのように身体を蹂躙されるのは嫌だ。

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