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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第10章 New MooN

 何より、莉彩の気持ち云々よりも、朝廷、つまり大臣を初めとする廷臣たちの動向が懸念される。それでなくとも、勝手に後宮から脱走した莉彩の処罰を求める声が彼等の中から上がろうとしている。更には莉彩が国王以外の男と通じて生んだとされる子どもも宮殿から追放するべきだとする主張さえある。
 すべての事情を考え合わせた時、応えは自ずと出てくるはずだ。
 徳宗が朝廷から莉彩と聖泰の身の処遇について糾弾され、窮地に追い込まれる前に、火種である莉彩母子が身を退けば良い。
「私には―終生、殿下のお側にいて、お仕えすることはできません」
 震える声で応えた莉彩に、大妃は小さく頷いた。
「そうか。そなたの気持ちは判った」
 王室の存続を願う大妃の気持ちは理解できるとしても、この女が徳宗の利になることを考えるとは、あまりにも意外すぎた。
「大妃さまから殿下の御事をお心にかけるお言葉をお聞きするとは存じませんでした」
 莉彩が皮肉ではなく本心から言うと、大妃は声を立てて笑った。
「怖れ気もなく、実に面白きことを申すな、淑容。殿下がそなたに夢中なのも少しは判ったような気がするぞ。勿体ないことだ、そなたであらば、殿下の良き伴侶となり、この国を、引いては王室を支える国母ともなれようものを。そなたと殿下が心から想い合っているのは、よく存じておるつもりであったが、これは私と臨尚宮の読みが共に外れたな」
 少し残念そうに言い、最後にこう付け加えた。
「たとえ憎んできたとしても、息子だ。私を心から〝母〟と呼ぶ殿下に対して、私は私なりのやり方で一度だけ誠意を見せたにすぎぬ。淑容、そなたが生涯をこの国で過ごすつもりがないというのなら、早々に出宮するが良かろう。その気もないのに、殿下のお側にいるは酷というものだ。共にいるのが長引けば長引くほど、情も深くなり未練も残る」
 立ち上がった大妃に、莉彩は初めて心から頭を下げた。
その日、莉彩の姿がまたしても宮殿から消えた。もとより、莉彩の連れていた幼児も同様に姿を消した。その手引きをしたのは大妃に仕える懐刀の孔尚宮であり、そのことを知る者は誰もいない。

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