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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第11章 Half MooN

  Half MooN

 徳宗は汀に一人佇み、池を眺めていた。ここは南園と呼ばれる宮廷の庭園である。
 ふと悪戯心を起こし、徳宗は脚許の石を拾うと、力を込めて池に放った。投げ上げた石は大きな弧を描いて、水面に落ちる。刹那、漣が起こり、池の面に波紋がひろがった。
 到底、人の手になるとは思えぬ巨大な池の傍が、ここのところの彼の憩いの場となっていた。徳宗が一人になりたがるので、大殿付きの内官や劉尚宮は少し離れた後方で王を見守っている。
 巨きな池の水面には紅白の睡蓮が浮いている。池の周囲には名前も知らぬ小さな花が群れ咲いていた。野辺の草のような可憐な花だ。
 徳宗はしゃがみ込むと、その白い可憐な花を一輪だけ摘んだ。
 何故か、その花に一人の女の面影が重なる。
 徳宗は想いを振り払うかのように、首を振る。昨夜の顛末を思い起こし、徳宗は自分で苦笑した。
 昨夜、徳宗はさる女官を寝所に召した。大妃殿に仕えるまだ若い女官だ。確か歳は―、思い出そうとしても思い出せない。要するに、徳宗にとっては、その程度しか心に残らなかった娘だということだ。せいせいが歳は十六、七といったところだったはずだ。
 全く、自分は何をしているのか。四十六になって、十六、七の若い女官を召し出して何をするつもりだったのだろう。もし自分に娘がいたとすれば、娘ほどの歳の女官だ。
 いや、と、更に苦笑が湧き上がる。もう二十四年も前に亡くなった中殿があのまま健やかな翁主を生んでいたら、その姫はもう既に二十四だ。生憎かどうは判らないが、中殿の流産した胎児は王子となるべき男児だった。もし仮に子が無事に生まれていたとしても、自分に可愛い娘はいなかっただろう。
 昨日の夕刻、徳宗は大妃に呼ばれた。逢いたくもない義母ではあったが、立場上は母であるから、礼は尽くさないといけない。それで出向いたら、思いもかけず贅を凝らした料理が次々と運び込まれ、大妃と二人で食事をする羽目になった。
 その日はいつもの刺々しい態度もなりを潜め、正直、徳宗はこの義母が長くはないのかと本気で心配したほどだ。それほどの変わり様、まさに手のひらを返したような対応だったのである。

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