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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第11章 Half MooN

「恐らくは間違いございませぬ。あの頃、淑容さまは胃の調子が悪いとか仰って、松の実粥すらお食べになれない有様でございました。私は、それがご懐妊の兆候―悪阻でないかと拝察致しておりましたが、淑容さまご自身が懐妊の事実を明らかにはなさりたくないご様子でございましたゆえ、私から申し上げるのは、はばかられました」
「何故、今になって、そのことを話す気になったのだ? 崔尚宮」
 徳宗が問うと、崔尚宮は淡く微笑した。
「先刻も申し上げましたように、殿下がお悩みのご様子とお見受け致しましたゆえ、思い切ってお咎めを承知でお話させて頂くことに致しました。それに、殿下、淑容さまのお生み奉った御子は殿下にとってはたった一人の王子さま、いずれこの国の王となるべき大切なお方です。私一人の一存で勝手にこのような重大事を胸に秘めておくような大それたことはできませぬ」
「あい判った。よく話してくれた。そなたを咎めなどせぬ。むしろ心から礼を申す」
 徳宗は崔尚宮を下がらせた後、大殿に戻り、一人部屋に籠もった。いつもは傍にいる内官も追い出し、一人で物想いに耽った。
 先刻からまるで檻に入った欲求不満の熊のように、部屋を行ったり来たりした挙げ句、漸く座ったところだ。
 徳宗の眼裏に莉彩の連れていた子ども―聖泰の顔がありありと甦った。
―何ということだ!!
 あの子どもこそが、徳宗の血を分け、連綿と続いてきた朝鮮王室の血を繋ぐ王子だったのだ。
 利発そうな涼しげな眼許、少し利かん気そうな口許、言われてみれば、幼い頃の自分に似ていたような気がするのは、やはり親馬鹿というものだうか。
 絶望感な苛まれ、徳宗は思わず両手で顔を覆った。しばらくやり切れない想いと憤りが彼の中で渦巻いていたが、やがて、彼はハッとして立ち上がった。
 聖泰がしゃがみ込んで無心に描いていた絵とその下に書き込まれていた字がよぎってゆく。
 あの子は確かにこう書いていた。〝お父さん、お母さん〟、それに両親と思われる男女の絵と、小さな子どもの絵―恐らく彼自身だろう。
―私は、一体―。

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