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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第11章 Half MooN

 これだけの日々を重ねて、あの男と離れて暮らしたというのに、相も変わらず、あの男の面影は莉彩の心の奥底に灼きついて消えない。忘れようとすればするほど、なおいっそう恋慕の想いは切なく烈しく燃え盛る。
 おかしなものだと、自分でも思わずにはいられない。あの男と別れると決めたのは自分だ。自分の方から離れていったというのに、どうして、こんなにも未練や執着が残る―?
 二年前、徳宗と共に生き、この朝鮮で一生を終える覚悟をするようにと金大妃から言われた時、莉彩は咄嗟に返事ができなかった。結局、莉彩は大妃に現代を棄て徳宗を選ぶとは言えなかったのだ。
 ならば、あの瞬間、莉彩は、愛する男を選び取れなかったのだとはっきりといえる。本当に彼を愛しているならば、何もかも棄てる覚悟くらいできるはずだ。
 それでもなお、莉彩は徳宗を忘れられない。幾度となく優しかった笑顔や逞しい腕、抱きしめてくれた温もりを記憶に甦らせ、人知れず涙する。
 喉の渇きを憶え、莉彩は褥に身を起こした。
 自分は結局、愛する男とも生きられず、たった一人、五百六十年前のこの朝鮮でひっそりと一生を終える宿命なのかもしれない。どちらをも選ぶこともできず、何も得ることはできないで―。
 こんな弱気では駄目だ。莉彩は小さくかぶりを振り、ともすれば落ち込みそうになる気持ちを奮い立たせようとする。
 自分には聖泰がいる。莉彩は女である前に、母なのだ。子のためには、母は常に強くなくてはならない。聖泰を守ってやれるのは、莉彩の他にはいないのだから。
 二年前、宮殿を孔尚宮の手引きでひそかに出奔してから、莉彩は聖泰を連れて、この鄙びた農村に流れ着いた。都からは馬でもゆうに一日はかかり、徒歩(かち)ならば大人の脚でも二、三日はかかる道程(みちのり)だ。
 宮殿の裏門の前で、孔尚宮とは別れた。別れ際、孔尚宮は懐から小さな袋を取り出し、莉彩の手に握らせた。
 錦の巾着はずっしりとした重みがある。莉彩が物問いたげに見つめると、孔尚宮が小声で言った。
―これは、大妃さまからの餞別です。これを売れば、当分は母子二人で何とか暮らしてゆけるでしょう。都から離れた場所でひっそりと生きてゆくようにと大妃さまは仰せにございます。

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