テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第2章 一人だけの結婚式

 【一人だけの結婚式】

 男の言葉どおり、臨尚宮は心優しい女性であった。臨淑妍は、男の乳母だという話もどうやら真実(ほんとう)のようだった。莉彩が身を寄せることになった屋敷は正確には淑妍のものではなく、その弟の臨内官(イムネガン)の所有であり、内官とは宦官のことを指すのだとも初めて知った。
 内官は王の住まう宮殿に侍し、公私にわたって王の傍にいてご用を務める。ゆえに王の后妃に接する機会も多く、去勢した宦官でなければならないという掟があった。
 若くして内官になったときから、既に去勢しているため、妻帯はしても形ばかりで子をなすことはできない。そのため、内官は皆、養子を迎えて家門を継がせるのが通例となっている。
 臨内官にも奥方はいるが、実子はおらず、数年前に若く優秀な内官を養嗣子として迎え入れたそうだ。
 淑妍は、莉彩を客人としてもてなしたが、莉彩は自分から頼み込んで屋敷内で侍女として働いた。掃除、洗濯、元々、身体を動かすのは嫌いではない。それに、何かしていれば、ともすれば沈みそうになる心を何とか保っていられる。
「そんなことをさせては、私があの方に叱られてしまいますから」
 淑妍が真顔で止めても、莉彩は毎朝、山のような洗濯物を抱えて井戸までゆき、大勢の侍女に混じって厨房で立ち働いた。
 あの方というのが例の男―莉彩を助けてくれた男であることは判った。
 そういえば、莉彩はいまだに男の名前も知らない。淑妍に訊ねても、〝それは、あの方ご自身がいずれ明かされるでしょう〟としか言わない。
 そんなある日の夜、莉彩が自室で寛いでいると、外側から声がかかった。
「入ってもよろしいかしら」
「ええ(イエ)、どうぞ」
 莉彩に与えられたのは、初めてこの屋敷に来た日に通された室である。夕餉までは忙しく立ち働く莉彩であったが、この部屋で一人早めの夕飯を済ませた後は、特にすることはない。
「秋の夜長に少し話でもしようかと思って」
 淑妍はそう言って、上座に座る。
 座椅子に座っていた莉彩は淑妍に席を譲り、やや下手に座った。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ