
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第2章 一人だけの結婚式
言ってしまってから、ハッとした。
「済みません。私ったら、余計なことを」
乳母を務めたからには、当然結婚もして子を生んだのだとばかり思い込んでいたのだが、どうやら、それは見当外れだったようだ。
淑妍は笑って、かぶりを振った。
「良いのですよ、私は乳母とはいっても、保母尚宮としてお仕えしたのです。つまり養育係です。お乳を差し上げた乳人は別にちゃんといたのですが、あの方が乳離れされたときに宮中を退かれました。まだ幼いお子をお家に残されてのご奉公ゆえ、致し方なしと認められて円満に退かれたのですわ」
淑妍が遠い瞳で語った。
「あの方が三歳のときにお側に上がってから、以来、十七年、宮殿におりました。畏れ多いことですが、子のおらぬ私にとっては、あの方が我が子のようなものです」
淑妍はそう締めくくると、莉彩に告げた。
「先刻のお話ですが、どうでしょう、いっそのこと、宮中にお仕えしてはいかがですか」
「宮中―、それって、もしかして後宮の女官になるということですか?」
莉彩が眼を丸くすると、淑妍は笑った。
「そのとおりです。あなたの場合は事情が事情ですから、一般の女官とは違い、止めたいと思ったときに止めることができます。もし、その気があるのなら、私から提調尚宮(チェジョサングン)に手紙を書きます。それを持って後宮に上がれば、すべては上手くいきますよ。手筈はすべて私が整えます」
提調尚宮とは、いわゆる後宮女官長であり、後宮の最高責任者である。随分前に退出したとはいえ、後宮女官長と知己だというからには、やはり淑妍は後宮で重きをなしていたのだろう。
「莉彩、私からもお願いが一つあるのです」
真摯な視線を向けられ、莉彩は思わず居住まいを正した。
「淑妍さまには何から何までお世話になりました。その恩義あるお方のお願いとあれば、私でできることなら、何でもします」
「ありがとう」
淑妍は淡く微笑むと、もうすっかり冷めてしまった香草茶をひと口含んだ。
「もう冷えてしまったでしょう。すぐに淹れ直します」
莉彩がすかさず湯呑みに手を伸ばすと、淑妍はそれを手で制した。
「済みません。私ったら、余計なことを」
乳母を務めたからには、当然結婚もして子を生んだのだとばかり思い込んでいたのだが、どうやら、それは見当外れだったようだ。
淑妍は笑って、かぶりを振った。
「良いのですよ、私は乳母とはいっても、保母尚宮としてお仕えしたのです。つまり養育係です。お乳を差し上げた乳人は別にちゃんといたのですが、あの方が乳離れされたときに宮中を退かれました。まだ幼いお子をお家に残されてのご奉公ゆえ、致し方なしと認められて円満に退かれたのですわ」
淑妍が遠い瞳で語った。
「あの方が三歳のときにお側に上がってから、以来、十七年、宮殿におりました。畏れ多いことですが、子のおらぬ私にとっては、あの方が我が子のようなものです」
淑妍はそう締めくくると、莉彩に告げた。
「先刻のお話ですが、どうでしょう、いっそのこと、宮中にお仕えしてはいかがですか」
「宮中―、それって、もしかして後宮の女官になるということですか?」
莉彩が眼を丸くすると、淑妍は笑った。
「そのとおりです。あなたの場合は事情が事情ですから、一般の女官とは違い、止めたいと思ったときに止めることができます。もし、その気があるのなら、私から提調尚宮(チェジョサングン)に手紙を書きます。それを持って後宮に上がれば、すべては上手くいきますよ。手筈はすべて私が整えます」
提調尚宮とは、いわゆる後宮女官長であり、後宮の最高責任者である。随分前に退出したとはいえ、後宮女官長と知己だというからには、やはり淑妍は後宮で重きをなしていたのだろう。
「莉彩、私からもお願いが一つあるのです」
真摯な視線を向けられ、莉彩は思わず居住まいを正した。
「淑妍さまには何から何までお世話になりました。その恩義あるお方のお願いとあれば、私でできることなら、何でもします」
「ありがとう」
淑妍は淡く微笑むと、もうすっかり冷めてしまった香草茶をひと口含んだ。
「もう冷えてしまったでしょう。すぐに淹れ直します」
莉彩がすかさず湯呑みに手を伸ばすと、淑妍はそれを手で制した。
