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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第2章 一人だけの結婚式

宮殿内は途方もなく広いため、王は移動の際、輿を使うことが多いのだが、今日は歩いての移動といったところか。
 緋色は高貴な色、許された者のみが纏う色である。例えば、王と大臣と呼ばれる高官たちだ。
 莉彩は咄嗟に脇に身を寄せ、深々と頭を下げた。莉彩のような新参の女官―しかもまだ見習いの身では、王の尊顔を拝し奉ることも畏れ多いのだと崔尚宮から教えられた。
賑々しい一団が次第に近付いてくる。
 行列がまさに眼の前を通り過ぎようとしたその一瞬、鋭い誰何の声が頭上から飛んできた。
「そなたは、どなたにお仕えする女官だ?」
 思わず身を強ばらせ、震える声で言上する。
「崔尚宮さま(チェサングンマーマ)にお仕えしております」
「たかだか一介の下働きがそのような高価な簪を身につけるとは、宮廷でのしきたりを侮っておるのか!」
 どうやら、王付きの尚宮に咎められてしまったらしい。王付きの劉尚宮(リュウサングン)は謹厳なことで有名だ。曲がり角を曲がるときには、角に添って定規で線を引くように曲がるという話は、融通の利かぬ劉尚宮の逸話として誰もが知っている。
 臨尚宮や崔尚宮とはまさに正反対のタイプだろう。
「崔尚宮は一体、女官にどのような躾をしておるのだ。全くもって嘆かわしい」
 そこに上司の名まで持ち出され、莉彩は狼狽して、その場に平伏した。
「どうかお許し下さいませ。まだ入宮して日も浅く、私の落ち度にございました。崔尚宮さまには何の拘わりもございませぬゆえ。どうか、今度ばかりはご容赦下さいませ」
 大殿(テージョン)、つまり王のお住まいになる宮の尚宮と一般の尚宮では立場が断然違う。しかも劉尚宮は、副提調尚宮(副女官長)も兼務している。この後宮では提調尚宮の次にいるナンバーツーなのだ。よもやとは思うけれど、自分の愚かな粗相のために、崔尚宮にまで累が及んではと一瞬、焦ったのである。
「劉尚宮、まあ、良いではないか。本人も入宮して日が浅いと申しておる。まだ新参の身でありながら、上司を庇うとは、なかなか優れた心映えを持つのだな。その方、名を何と申すのだ」
 劉尚宮の背後から、王の穏やかな声が聞こえた。

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