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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第2章 一人だけの結婚式

刹那、莉彩はハッとして顔を上げてしまった。その瞬間、王と莉彩の眼が合う。
「何と無礼な。殿下のご尊顔を許しも得ずに拝し奉るとは」
 またまた、これが劉尚宮の怒りを煽ったらしい。
「も、申し訳ございませぬ」
 莉彩は再び平身低頭した。頭を地面にこすりつけんばかりに下げる。
「何だ、莉彩ではないか。道理で、どこかで見た女官だと思ったぞ。どうだ、少しは新しい暮らしに慣れたか?」
 親しげに問われ、莉彩は慌てて頷いた。
「は、はい。せ、聖恩の限りにございまする」
 崔尚宮から教え込まれた科白を口にすると、朗らかな笑い声が響き渡る。
「劉尚宮、予は少しこの者と話がしたい。そなたらは下がっておれ」
 命じられた劉尚宮は土下座したままの莉彩をひと睨みし、内官や女官を引き連れ、少し離れた場所に移動した。
 王が手を差しのべ、莉彩の手を無造作に取った。
「ここでは、やはり人眼が気になる。ゆこう(カジャ)」
 いきなり走り出した若い二人を、皆が呆気にとられて見つめている。むろん、劉尚宮も苦々しげな顔で見送った。
 人気のない庭園の一角まで来て、王は漸く立ち止まった。それでも、王はまだ莉彩の手を放そうとはしない。荒い呼吸をしながら、莉彩は消え入るような声で言う。
「殿下、手を―お放し下さい」
「何ゆえ、そのように急に畏まる。出逢ったときのように、威勢良くなくては莉彩らしいくないぞ?」
 王は笑いながら、やっと手を放してくれた。
「まさか、あなたさまが国王殿下だとは思いもしませず、ご、ご無礼の―」
 緊張と愕きに思わず声が上ずり、あまりの情けなさに涙が零れた。
 あまりにも迂闊だったと思う。よくよく振り返れば、宮殿に住めるのは、まだ成人前の幼い王子だけで、一人前になれば王子たちは皆宮廷を去り、王子宮を構えるのがならいだ。
 なのに、〝あの方〟を単なる王族の一人だと思い込んでいた自分はやはり劉尚宮のいうように、とでもない粗忽者だ。
「―泣いているのか?」
 ふいにすぐ真上から声が降ってきたかと思うと、莉彩の身体はふわりと抱き寄せられた。

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