テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第3章 接近~近づいてゆく心~

 今日、莉彩はカヤグムをひそかに持参していた。拙い音色を王にお聞かせするのは畏れ多く、おこがましいとは判っている。しかし、莉彩にとっては、王は今でも雲の上の国王殿下であるよりは、初めて町中で出逢った青年のイメージが強いのだ。
 宮廷の庭は広大で、それぞれの場所によって〝南園〟、〝北園〟と呼ばれている。二日前、莉彩が王とひとときを過ごしたのは北園であった。
 その日は細い月が申し訳程度に夜空に掛かっていた。星は煌めいていたが、月明かりは十分ではなく、夜更けの庭は暗かった。時折、ホーホーとミミズクの啼き声が聞こえてくるのも、余計に夜の闇の深さと静けさを際立たせるようで、莉彩は心細くなってきた。
 新米女官という莉彩の立場では、到底、早くから部屋を抜け出すことは不可能だ。仕事が引けてからは、崔尚宮の部屋で礼儀作法やカヤグム、それに王朝の歴史といったものを学ばねばならず、自室に戻るのは夜更けになるのは常のことである。
 一体、王がいつ頃来るのかも判らないのだ。待っても来ない莉彩に業を煮やして、既に帰ってしまったとも考えられる。
 それでなくとも、十一月もそろそろ終わり近くなった晩秋の夜は寒い。呼吸をする度、莉彩の口から白い息が立ち上ってゆく。
 またホーホーと啼き声が聞こえ、莉彩は無意識の中に両手で我が身を抱きしめた。
「莉彩、来てくれたのか」
 ふいに間近で声がして、莉彩はビクッと飛び上がりそうになった。
「殿下(チョナー)」
 莉彩は丁重に頭を下げる。
「止してくれ」
 王は面映ゆげに言った。
「この間も申したであろう。二人きりのときには、莉彩の前では、私はただの男でいたいのだと」
「参ろう」
 王は先日と同じように気軽に莉彩の手を取る。
 唐突に莉彩の脳裡に、先日の別れ際の出来事が甦った。一瞬だけの軽いキス。思い出しただけで頬が赤らんでくる。今もしっかりと手を繋いでいることが、余計に莉彩の身体を熱くさせていた。心臓の音が騒がしくなり、すぐ側にいる王に聞かれてしまうのではないかと真面目に心配してしまう。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ