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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第3章 接近~近づいてゆく心~

 王は莉彩の手を引いたまま庭園を歩き続け、二人は殿舎が立ち並ぶ方まで戻ってきた。
 連れてゆかれたのは、今は使用しておらぬ空いた宮の一室であった。徳宗には定まった後宮もいないため、このように空いたままの部屋が多いのだ。
「カヤグムを持って参ったのか?」
 王が興味を引かれたように莉彩の手許を見る。
 莉彩は小さく頷いた。
「まだ殿下にお聞かせするほどのものではございませんが、入宮してから崔尚宮さまにご指南頂き、一生懸命頑張って練習して参りました」
 国王殿下にはお聞かせできるようなものではないが、あの日の青年になら、たとえ下手くそでも頑張った成果を見て貰いたい―。王は莉彩の気持ちを的確に読み取ったようだ。
「判った、早速聞かせてくれ」
 莉彩は頷いて、カヤグムに向かう。
 ほどなく、心に滲み入るような得も言われぬ音色が響き渡った。
 一曲弾き終わったところで、莉彩はホウっと息を吐き出した。全身に張りつめていた緊張が解ける。
 王の手を打つ音だけが夜陰に響いた。
「なかなかやるではないか。短期間でここまで習得するのは並の努力ではできなかったろう」
「畏れ多いお言葉にございます(ハンゴンハオニダ)」
 莉彩はか細い声で言った。
 恥ずかしさと嬉しさの両方で、頬が紅潮する。
「そなたのつまびく音をもっと聞いていたいのは山々だが、あまり音を立てては、ここに私たちがいるのを気取られてしまう。カヤグムはまた次に取っておくとしよう」
 王は朗らかに笑った。
 莉彩は素直に王の言葉に従い、カヤグムを片付けた。その間、王は何をするともなしに、あらぬ方を見つめている。
「殿下?」
 幾度か呼んでみても、何か想いに耽っているのか、王はこちらを向こうともしない。何度目かに漸くハッとした顔で振り向いた。
「殿下、どうかなさいましたか?」
 具合でも悪いのかと気遣わしげに訊ねると、王は微笑んだ。
「済まない(ミヤナオ)」

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