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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第3章 接近~近づいてゆく心~

 だが、莉彩はその瞳のあまりの昏さに胸を衝かれた。王がこんな眼をしたことなど、かつて一度たりとも見たことはなかった。
 莉彩が知る限り、王の瞳は常に澄み渡り、微塵の昏さもなかった。なのに、今、王の瞳は虚ろで、無限の闇へと続いてゆくかのようだ。黒々とした瞳は何の感情も宿してはいない。
 一体、何があったというのだろう。
 莉彩の心は不安にざわめいた。
「殿下、何かお心に抱えていらっしゃるお悩みでもあるのですか」
 王に対して不敬ではあると思っても、心配のあまり訊ねずにはいられなかった。
 王はかぶりを振った。まるで重大事について考えているように、黒い睫に縁取られた深い漆黒の瞳を伏せている。
 重たい沈黙が二人の間に落ちた。
 やはり、踏み込みすぎた質問だったのかと、莉彩が後悔し始めたその時、王が唐突に沈黙を破った。
「私は、そのように昏い表情をしているか?」
 莉彩の前で、王は薄く笑っている。まるで別人のような、どこか投げやりな態度は王の健康的なイメージを一瞬にしてかき消し、退廃的な雰囲気を全身から立ち上らせていた。
「何かとても大きな悩みを―痛みをお心の奥深くに潜ませていらっしゃるようにお見受けします」
 莉彩は言葉を慎重に選んだ。相手に何か重大な悩みがある場合、自分が話す言葉一つで更に相手を追いつめてしまうこともある。莉彩はまるで手負いの獣のように傷ついた瞳を持つ王をこれ以上傷つけたくはなかった。
 また沈黙。莉彩は何か胸騒ぎを憶えて、王の端整な面を息を呑んで見つめた。
 王の顔に昏い笑みが浮かんだ。
 莉彩は刹那、骨の髄まで寒気を憶えた。
「何から話したら良いのだろう」
 王の声は普段よりも数トーン低く、地獄から這い登ってくるかのようだ。
「莉彩、そなたと初めて出逢ったあの日、王である私が何故、町中をさまよっていたか、訝しく思ったことはないか?」
 あ、と、莉彩は声を上げそうになった。
 言われてみれば、確かにそのとおりだ。大体、国王が一人で護衛も連れずに町中を徘徊するなんて、あり得ない話ではないか。
「それは―確かに仰るとおりでございますね」
 つくづく自分の無知というか思慮の浅さを思い知らされるのは、こんなときだ。

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