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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第3章 接近~近づいてゆく心~

 中殿は大妃の兄の娘―、つまり血の繋がった姪であったことから、大妃の伊氏に向けられた憎悪はいや増すことになる。
 王が中殿に冷淡だったのは、実は大妃の息がかかっていたということもあったのだが、中殿その人は大妃とは似ても似つかず、大人しく控えめな女性だった。
 結局、王より一つ上の中殿は流産の肥立ち良からず、儚く身罷った。伊氏の死後、わずか二年のことである。折角懐妊しながらも六月(むつき)で胎児は流れ、中殿自身も二十三歳の若さで亡くなった。この悲劇を人々は〝廃妃の呪いだ〟と陰で噂し合った。
 中殿が亡くなる二年前、王の寵愛を一身に集めていた側室伊氏が何と王その人から毒杯を賜るという誰もが驚愕する事件が起きた。その事件の裏で糸を引いていたのが他ならぬ金大妃である。
 大妃は伊氏が町から男を呼び止せ、夜な夜な男を褥に引き入れている―と、伊氏を熱愛する王に毒の科白を流し込んだのだ。
 男は王と伊氏が出逢う前から伊氏の屋敷にいた下男で、伊氏と道ならぬ恋に身を灼いていた。賢花が入宮してからというもの、屋敷を飛び出し消息が判らなくなっていた。
 その男が旅芸人の一座に紛れ、全国を渡り歩いている最中、都に舞い戻ってきた。伊氏がそれを聞きつけ、芸を愉しむという口実で宮廷に一座をしばしば招いては男と逢瀬を繰り返している、と。
 まだ二十歳の王はその言葉に、烈火のごとく怒った。あの頃の王に冷静さの欠片でもあれば、大妃が真実を述べるはずもないと判り切っていたのに、王は大妃の虚言を信じ、泣いて無実を訴える伊氏に服毒死するように命じた。
―殿下、私をどうかお信じ下さいませ。私はは誓って、そのような怖ろしいことは致してはおりませぬ。私が心からお慕い申し上げるのは幼い日、出逢ったその日から今も、殿下ただお一人にございます。どうか、どうか、今一度、私の言葉をお聞き下さいませ。
 あのときの彼女の悲痛な叫びが今も王の心を揺さぶり、引き裂く。
 伊氏は与えられた毒を従容として呑み、亡くなった。まだ十八歳だった。
―真実と私の真心は、国王殿下ただお一人がご存じにございます。
 と、そのひと言を残して。

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