テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第3章 接近~近づいてゆく心~

その後、伊氏に与えられていた淑儀の位階は剥奪され、彼女は〝伊廃妃〟と呼ばれる。無念の中に死んだ伊氏の呪いが二年後の中殿の流産と死に繋がった―と、誰もが口にこそ出さないが、心の中では信じていた。
 あれから十年の時が流れ、当時、後宮だけでなく宮殿を震撼とさせた事件は忘れ去られた。最早、十年も前に服毒死した廃妃のことなど、口に上りもしない。
 伊氏と中殿があい次いで亡くなり、王は数人の女官と夜を共にしたが、結局、誰一人として王の心を掴むことはなく、後宮は一人の妃もいないという淋しい状態が続いている。
「私は自らの手で彼女をこの世から葬り去ってしまったのだ。私は時に無性に空しくなることがあった。宮殿の玉座にじっと座っていると、自分の犯した怖ろしい罪で気が狂いそうになってしまう。そんな時、私は自らの罪を忘れたいがために、身をやつして忍びで町に出た。時には遊廓に行って、妓生(キーセン)を抱いたこともある。そなたと逢ったあのときも、私は遊廓に行こうとしていた」
 王は語り終えると、自分の両手を眼の前にひろげ、しげしげと見つめた。
「この手を私は愛する者の血で染めた。実に―、実に愚かな男だ」
 王の口から低い笑い声が洩れる。
 莉彩もまた哀しい想いで、王の整った貌を見つめた。
 王の虚ろな笑い声は途切れることなく、続いてゆく。なまじ美しい男だけに、気が狂ったように笑い続ける様は凄惨でさえある。
 莉彩は我知らず、後ろへにじり寄っていた。
「私が怖いか?」
 ふっと笑いを納め、王が問うた。
 張りついたような笑顔が美しい面に浮かんでいる。
「嫉妬に狂うあまり、生涯にただ一人とまで思った女を自らの手で殺し、愛する女よりも卑怯な大妃を信じた男だぞ、私は」
 自嘲するかのような口調に、莉彩は思わず言っていた。
「もう、お止め下さい」
 皮肉げな口調とは裏腹に、王の頬をひとすじの涙が糸を引いて流れ落ちてゆく。
「―」
 王が眼を見開いた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ