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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第1章 邂逅~めぐりあい~

―お前が生まれた朝は、空が眩しいくらいに澄んで蒼く輝いていて、リラの花が満開だった。ママがいる産院の部屋から、庭のリラの花がよく見えたものさ。
 莉彩という名は、ライラックの別名であるリラから付けたのだと、父はよく幼い莉彩を膝に載せて懐かしげに話してくれた。
 自分の名前にゆかりのあるライラックの花、その花を象った簪が莉彩の手許に来たのも何かの縁なのかもしれない。
―じゃあ、パパ、この簪は相当な年代物なのね。
 莉彩はリラの花を象った簪を眺めながら、父に言ったものだ。その後も、莉彩は簪を小物入れに大切にしまい込み、一人になったときには、そっと取り出して眺めた。
 夜、父や母が寝静まった静かな家の内で、莉彩は自分の部屋のベッドに寝っ転がってリラの花の簪をしげしげと見る。枕許のナイトスタンドの淡い照明に照らされ、キラキラと煌めくアメジストの可憐な花に魅了されたように見入った。
 不思議な簪、眺めていると、心がきりきりと切なく痛み、訳もなく泣き出したくなってしまうような。
 そんな時、莉彩は自分のあまりの感傷さに笑ってしまった。多分、陰謀の犠牲となったお妃云々という秘話が、莉彩をそんな妙にセンチメンタルな気分にさせるのだろう。莉彩はそう思った。
 それでも、この簪が本当に何百年も前、それも遠い異国の悲運の女性の艶(つや)やかな黒髪を飾ったのだとしたら、それは何とロマンティックなことだろう。父は縁起が悪い簪だといって莉彩が持っているのに良い顔をしないが、莉彩はあまり頓着しなかった。莉彩が大いに関心があったのは、お妃の辿った薄幸な宿命よりも、歴史の狭間に沈んだ彼女の数奇な人生そのものだった。
 そこに、いかなるドラマがあり、どのような恋物語が存在したのか。王の寵姫だった女人であれば、王と身を灼くような烈しい恋に落ちたのか、それとも、想い合った恋人との仲を引き裂かれ、泣く泣く王の傍へ上がったのか―。
 この小さな、たった一本の簪に莉彩などの与り知らぬ壮大な歴史とドラマが隠されている。想像しただけで、胸躍るような気持ちだ。

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