テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第1章 邂逅~めぐりあい~

 きらめく簪をためす、すがめつしながら、莉彩は夜毎、果てのない空想に耽った。この簪がはるばる海を渡ってきたのだと思うと、何かとても厳粛というか荘厳な気持ちになった。
 そのようないわくのある品は持ち主を選ぶと聞いたことがある。品物の方から望ましい所有者を探して、その人のところにゆくのだと。もちろん、単なる迷信には違いないだろうし、それを真実だと信じ込むほど莉彩も子どもではない。でも、この簪を眺めていると、やはり何かしらの理由があって、この簪が父の手に渡り、更に海を渡って莉彩の許に来たのだという気になってくるのも事実だった。
 父の前にふいに現れ、翌日にはかき消すようにいなくなってしまったという露天商のことも気になる。
 莉彩は物想いに耽りながら、ふと思いついて肩にかけたバッグからコンパクトを取り出す。薔薇の花の形をした蓋を開き、鏡を覗き込んで、額にわずかにかかった前髪を直し、再び蓋を閉めバッグに戻した。
 安藤莉彩は十六歳、Y高校に通う高校一年だ。中学二年から付き合っているボーイフレンドの和泉慎吾がいるが、恋人というよりは親友とか戦友とかいった形容がぴったりだ。
 むろん、慎吾からの告白を受けて付き合い出した手前、慎吾が自分に好意を抱いているのも知っている。でも、付き合って三年になるというのに、いまだにキス一つしたことがないし、せいぜいが遊園地にデートに行って手を繋いだ程度のものである。
 二人だけでいても、話題は学校生活が中心で互いの親友のことや、慎吾が打ち込んでいる野球部のことなど他愛ないといえば他愛ない話ばかりで、慎吾の口から〝好きだ〟と言われたのは、二年前に付き合って欲しいと頼まれたそのときだけなのだから。
 幾ら頼まれたとしても、もし慎吾が嫌いなら、莉彩もOKはしなかったろう。だから多分、莉彩も慎吾を嫌いではないとは思うのだけれど、今一つピンとこない。
 一体、自分は慎吾をどう思っているのか。莉彩は元々、流されやすいというか、他人から頼まれたら厭とは言えない性分である。そのため、掃除当番とか日直とか、頼まれると、すぐに引き受けてしまう。
―ね、安藤さん。私、今日は塾でどうしても早く帰らないと駄目なの。悪いけど、最後の戸締まりの点検、代わりに頼めないかな。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ