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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第3章 接近~近づいてゆく心~

そう、私は時間旅行者なのです。望むと望むまいと、私は永遠にここにとどまることはできません。私は本来なら、この時代にいるべき人間ではなく、いるはずのない者が存在し続ければ、時空や空間にどんな影響が出るのか計り知れません。未来から来た私は、この時代ではあくまでも歴史の関与者ではなく傍観者でなければならないのです」
 それに―、幸か不幸か、莉彩は王とめぐり逢ってしまった。めぐり逢ったのが国王ではなく、ただ人、せめて庶民であれば、まだしも市井の片隅でひっそりと生きるというすべもあったろう。しかし、王の傍近くいるということは、その時代の歴史に拘わる可能性を示唆する。
 莉彩が好むと好まざると、王の近くにいて、あまつさえ寵愛を受けたとすれば、歴史に関与することになる。本当ならば、この時代の徳宗の後宮に臨莉彩という女官は存在し得ないのだ。
「私のような者でも、王のお側にいれば、歴史に拘わることがあり得るかもしれないのです。万が一、そうなってしまったとしたら、歴史は本来あるべき姿から変わり、今後の時代の流れがどうなるか判りません。それは怖ろしいことです。そのような罪を犯すわけには参りません」
「そう―だな、そなたの申すとおりだ。私が軽はずみであった。そなたの立場を考えもせず、口にするべきことではないことを申した」
 またひとすじ、王の眼から涙が流れ落ちる。
 莉彩はたまらず、懐から手巾を取り出した。
「本当は今日、お返ししようと思って、きれいに洗濯してきたのですが」
 莉彩が取り出したのは、王のハンカチだった。二日前、劉尚宮に叱られ、思わず泣いてしまった莉彩の涙をこのハンカチで王が手ずから拭いてくれたのだ。
 莉彩は身を乗り出すようにして、手にしたハンカチで王の涙を拭いた。
「もう一度持って帰って、また洗います」
 莉彩が言うと、王は首を振った。
「いや、その手巾を私にくれ。そなた自身の手で私の涙を拭いてくれたその手巾をせめて想い出にしたいのだ」
「―」
 莉彩は何も言えず、そっと王にハンカチを差し出した。王はそのハンカチを大切そうに懐に押し込んだ。
「殿下、この手巾の片隅の刺繍は、リラの花ですか?」
「りら?」
 王が怪訝そうな表情で訊き返す。

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