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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第3章 接近~近づいてゆく心~

そこで、莉彩は思い当たった。この時代、まだリラの花は西洋から伝わっていなかったのだ。日本でもライラックが入ってきたのは明治時代になってからのはず。
「ライラックという花がございます。そのの花のまたの名をリラともいうのですわ」
「らいらっく―、聞いたことのない花だ」
 王が当惑気味に言う。
「この時代には、まだ伝わっていないのでしょう。ライラックは西洋の花ですから」
「西洋、か。そなたは実に面白い話をする。私の知らぬ様々なことを知り、語る」
 王の瞳は、もう普段の明るさを取り戻している。莉彩がよく知る穏やかな表情だ。
「西洋とは、膚の色は白く、瞳は澄んだ蒼空のような蒼い眼をした人々が住んでいる国を指します。私たち―倭国や朝鮮の人々のように膚が黄色で、髪や眼が黒いのは東洋人」
「白い膚に、蒼い瞳。それでは、南蛮人が住まう国のことだな」
 青年らしくまだ見ぬ外つ国に想いを馳せる王に、莉彩は微笑む。
「リラは南蛮の花ではございませんが、西洋の人は南蛮人と似た容姿をしています。倭国では殿下がいらっしゃるこの時代には、南蛮人を紅毛人と呼んでいました」
「こうもうじん?」
「はい、髪の毛が紅いから、紅毛人にございます」
 漢字を書いて説明すると、王は納得顔で頷いた。
「私は彼(か)の花を知らぬ。ただ、そなたと初めて出逢った日、そなたが挿していた簪についた花の絵を描いて見せて、宮中のお針子に刺繍させたのだ」
 莉彩は王がリラの花の簪をそこまで憶えていたことに愕くとともに、歓びを隠せない。
「私の名前はリラの花から貰ったと、父が話していました」
「〝りら〟だから、莉彩か。美しい花なのであろう。私も一度、この眼で見てみたいものだ」
 だが、それは所詮、叶わぬ夢。
 莉彩と王の間には、気の遠くなるような時が流れている。言うなれば、どうどうと音を立てて流れる歴史という大河を挟んで、その対岸と対岸に二人は立っているのだ。
 今はただ、たまたま莉彩が王と同じ岸辺に立っているだけ。いずれ、自分は元いた世界に、河の向こう岸へと帰ってゆかねばならない。

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