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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第3章 接近~近づいてゆく心~

 願うと願わざるとに拘わらず。
「私も一つだけ訊いても良いか」
 莉彩が頷く。
「何でございましょう?」
 わざと明るい声音で応えた莉彩から、王がふっと視線を逸らした。
「そなたが故国に帰りたいと願うのは、和泉とかいう男のためか?」
「いいえ、殿下。私は帰ったら、和泉君に告げなければなりません。私には別にお慕いする方ができたから、もう二度と逢えないと」
「―!!」
 王の面に驚愕が現れる。
「殿下、今、私はこの時代に来て良かったと心から思います。いえ、むしろ、この時代に私を来させて下さった宿命(さだめ)に感謝します」
 莉彩の哀しげな笑みに、王はもう何も言わなかった。
 夜は静かに更けてゆく。
 明けない夜がないように、莉彩が本来、彼女があるべき世界に戻る日もいつか来るのだろう。
 だからこそ、今はせめてこの瞬間(とき)に存分に浸りたい。心から愛する男の傍にいられる幸せに酔いしれたい。
 
 その数日後のことである。
 莉彩は与えられた居室で書見をしていた。崔尚宮が貸してくれたその本は、朝鮮王朝の歴代の王の生涯や業績について記した、言わば史書である。
 まだ読み終えたのは三分の一ほどではあるけれど、歴史というのは、知れば知るほど、奥深いものがあると思う。
 いずれ徳宗の治世や徳宗自身の生涯についても、ここに記されることになるのだろう。そして、莉彩は、その歴史を記した書物をこの時代からはるから時を隔てた未来で読むことになるのだろう。
 自分の愛した男は、こんなにも偉大な王だったのだと少し誇らしげな、誰かに自慢したいような気持ちで―。
「莉彩」
 突如として名を呼ばれ、莉彩はハッと顔を上げた。両開きの扉の向こうに人の気配があった。
 立ち上がり静かに戸を開けると、案の定、そこには王がひっそりと佇んでいた。
「殿下、どうなさったのですか?」
「少し邪魔をしても良いか」

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