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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第4章 約束

 が、臨尚宮には色々と相談したいこともあり、参詣を終えた後、崔尚宮からのことづけ物を大切に抱え、臨家の屋敷を訪ねた。道には不案内だからと、一緒にきた朋輩女官とは臨家の門前で別れ、別行動を取った。
 ところが、生憎と臨尚宮は留守で、近くの孫大監(ソンテーガン)の屋敷まで出かけているということだった。孫大監は現在、左議政の地位にある高官で朝廷においても重きをなしている。
 臨淑妍がこの日、孫大監の屋敷に出向いた用件がよもや自分に拘わりあろうとは、この時、莉彩は夢にも考えていなかった。
 淑妍は莉彩を孫大監の養女にして欲しいと頼みに出かけたのである。この頃から、淑妍の脳裡には莉彩を徳宗の正式な側室、あわよくば中殿にという目論みがあった。
 莉彩を権力者の養女にするというのは、まずそのための布石だった。莉彩本人がこの計り知れない計画を知るのは、もっと後のことになる。
 淑妍に逢えずに落胆したものの、臨夫人に逢わないわけにはゆかない。こちらは、ちゃんと在宅していた。臨夫人に挨拶した後、顔見知りの侍女頭に崔尚宮から預かった品―到来物の珍しい玉の首飾りらしい―を渡し、臨家を辞した。
 臨夫人は相変わらず冷淡で、取りつく島もないといった感じだ。
―あまり宮殿で騒動をお起こしなされませぬように。我が家門の恥ともなりますゆえ。
 どうやら臨夫人にまで、莉彩が大妃に呼び出されて鞭打たれたのは知られているらしい。取り澄ました顔でちくちくと皮肉を言われ、莉彩は半刻ほど後、臨夫人から解放されたときには心底ホッとした。
 宮殿への帰り道、莉彩は懐かしい場所を通りかかった。そこは、莉彩がこの時代に初めて来た日、最初に辿り着いた場所だった。四ヵ月前のあの日、莉彩は二十一世紀の日本から五百五十年前の朝鮮へと時を飛んだ。
 たった四ヵ月しか経っていないのに、随分と時が流れたように思えてならない。着慣れない感じがしていたチマチョゴリにも慣れたし、戸惑うばかりだった宮殿での生活、女官としての仕事も何とか一人前にこなせるようになった。
 時々、二十一世紀の現代で暮らしていたことそのものが、嘘のように思えてくることすらあった。自分は一体、何者なのか。生まれたときから、この時代で暮らしていた錯覚に囚われそうになる。

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