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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第4章 約束

 しかし、莉彩の生きるべき場所は、ここではない。この時代から気の遠くなるような、はるかな時の彼方―現代の日本なのだ。
 めぐる想いに応えはない。
 ぼんやりとうつむきがちに歩いていたその時、突然、呼び止められた。
「そこのお嬢さん(アッシー)」
 最初は自分のことだとは思わなくて、振り向きもしなかったのだが、呼び声は更に追いかけてくる。
「お嬢さん、お嬢さん」
 そこで、莉彩は漸く立ち止まった。
 振り向くと、小柄な痩せた老翁が立っている。
「あなたは、あのときのお爺さんですね?」
 何故か莉彩は、とても懐かしい―まるで自分の祖父に再会したときのような気持ちになった。
 そう、今、眼前にいるのは、この時代に初めてきた日、莉彩を荷馬車で轢きそうになった商人だった。
「随分と浮かない顔をなさってますな。そのようにぼんやりと天下の往来を歩いていては、また車や馬に轢かそうになってしまいますよ」
 老人は細い眼を更に優しげに細めている。
 老人の口調もまた、久しぶりに逢う孫を気遣うような感じだ。
 莉彩は思い切って言った。
「丁度良かった、お爺さん。私、あなたにどうしてもお訊ねしたいことがあるんです」
「フム、何でしょうかの」
 ここは町中、人の行き来も多い。二人は通行人の邪魔にならぬよう、脇へとよけた。
「お爺さんは、あの時、私に言いましたよね」
―はるかな時を越えておいでになったお優しいお嬢さま。どうか、今、御髪に挿している簪を大切になさいますように。その簪は、お嬢さまとあちらの世界を繋ぐための大切な鍵にございますよ。
 莉彩は、頭に手をやった。今日は、あのリラの花の簪を挿している。劉尚宮に分相不相応だと咎められて以来、宮殿で身につけたことは一度としてなかった。今日は町に出かけるというので、少しお洒落をしてきたのだ。
 莉彩は簪を結い上げた髪から抜くと、老人に差し出した。
「これを見て下さい」
 老人は莉彩から簪を受け取ると、〝どれどれ〟と呟きながら、じいっと眺めた。
 それまで優しげな光を湛えていた細い眼が途端に鋭さを帯びる。

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