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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第4章 約束

 莉彩は、どうしても訊ねておかねばならないことを訊ねた。
「お爺さん、私が元の時代に帰るには、一体どうしたら良いんでしょうか。この簪が重要な鍵だとは判ったけれど、どうやって、これを使えば良いか判らないんです」
 莉彩は自分の手に戻ってきた簪を眺めながら言った。
「新しき年の初めの月、最後に月の満ちる夜」
 ふいに老人の口から洩れたのは、まるで何かの暗号か呪文のような短いフレーズだった。
 たっぷりとした白い眉の下の眼が忙しなくまたたく。
「ここから遠くない場所に、橋がある。そこにこの簪を挿して、おゆきなさい」
 老人はそれだけ言うと、後はもう莉彩のことなど忘れたかのように、さっさと一人で歩き始めた。
―新しき年の初めの月、最後に月の満ちる夜。
 莉彩は、たった今、耳にしたばかりの言葉をなぞってみる。
 と、ハッと我に返った。
 これだけでは、何のことだか判らない!!
「お爺さんッ、待っ―」
 しかし、呼び止め、追いかけようとしたときには、既に小柄なその姿は人混みに紛れ、見えなくなってしまっていた。
―ああ、行ってしまった。
 莉彩は空気の抜けた風船のように、その場にくずおれた。
 道端にうずくまる莉彩に、通りすがりの親切な女が気遣わしげに声をかけてくれる。
「どうしたの? 気分でも悪くなった?」
 顔を上げると、ふっくらとした丸顔の女が優しげな笑みを浮かべて覗き込んでいる。
 年の頃は四十歳くらい、ちょっと莉彩の母に似ていた。身なりからして、町家の女房だろう。
「いいえ、大丈夫です。ご心配頂いて、ありがとう」
 莉彩が笑顔で応えると、女は安心したように頷き、〝気をつけてね〟とひと声残して去っていった。
 莉彩は緩慢な動作で立ち上がった。
 それから宮殿までどこをどうやって歩いて帰ったのか、よく憶えてはいない。それほど、莉彩は我を失っていのである。
 
 それから更に幾日か経ったある夜。
 その日は、月が完全に満ちるはずだった。

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