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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第4章 約束

 もっとも、朝から晩まで忙しく立ち働いている莉彩には、月の満ち欠けなど、あまりたいした問題ではない。
―新しき年の初めの月、最後に月の満ちる夜。
 あの不思議な老人は確かにそう言った。だとすれば、莉彩が現代に戻るためには〝月の満ち欠け〟が大切なキーワードになってくるのだろう。その程度は莉彩にでも推測できるが、では、あの謎の暗号のようなフレーズをどのように解読するのかという点については、さっぱり判らない。
 あれからも色々と考えてみたのだけれど、いっかな解き明かせないのだ。
 一日一日と満ちてゆく月を見上げながら、毎夜、焦燥感と絶望に駆られる夜が続いていた。
 王が莉彩への関心を失ったお陰か、大妃からの嫌がらせもふっつりと止み、今は穏やかな日々を送っている。莉彩の今の生活は、ごく普通の宮廷女官のものだ。
 昼間は、まだ良かった。年の近い女官たちと様々な―お洒落や甘いお菓子、それに格好良い若い内官(宦官)の話に打ち興じ、時折、些細な失敗をしては崔尚宮に叱られる。
 その点は現代も六百年近く昔も、全く変わらない。若い女の子が集まれば、大体はそのテの話題になると相場が決まっているらしい。
 しかし、夜になって一人、自室に戻ると、寂寥感が一挙に押し寄せてくる。ホロホロとミミズクが遠くから啼いているのを聞いていると、あまりの淋しさと心細さで涙が溢れるのだった。
 一度だけ、崔尚宮の遣いで繍房(スボウ)に行く途中、王を乗せた輿とすれ違ったことがある。繍房とは、宮廷において刺繍を掌る部署で、後宮内で行われる刺繍はすべて、ここに勤める女官たちが行う。
 輿に乗った王を守るように前後を女官、内官が固めるのはいつものことだ。莉彩は遠くから行列を見かけ、慌てて端へ寄り頭を垂れた。
 いよいよ王の輿が真正面を通り過ぎる瞬間、ほんの少しだけ胸が高鳴ったのは確かだ。
 だが、王はまるで最初から、その場に莉彩などいないかのように平然と前を通っていった。ちらりと見ようともしなかった。
―私ったら、馬鹿ね。何を期待していたの?
 莉彩は、遠ざかる王を頭を下げて見送りつつ、思わず目頭が熱くなった。

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