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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第4章 約束

白い夜着から、それらに着替え、仕上げに髪を手早く結い上げリラの花の簪を挿した。 転がるように部屋から出て、再び小走りに廊下を辿り、吹き抜けの廊下に出る。
 躊躇っている暇はなかった。時間は刻一刻と流れている。このチャンスを逃せば、今度はいつ帰られるのか判らないのだ。
 莉彩はローヒールのパンプスに脚を突っ込む。これもむろん、現代から履いてきたものだ。そのまま廊下から庭に降り、一目散に走った。
 殿舎と殿舎の間を通り抜け、宮殿をぐるりと取り囲む塀の傍まで来る。途中で警備兵たちとすれ違いそうになったが、危ういところ、物陰に身を隠して難を逃れた。宮殿は国王の居城であるから、当然ながら、国王を守るために昼だけでなく夜間も警備兵が常駐している。が、女官ともなれば、警備の手薄な箇所くらいはちゃんと心得ているのが常識だ。
 莉彩は高い塀を見上げ、今度は迷わず塀に手を掛けよじ登った。スカートを穿いていることなど、この際気にしている場合ではない。
 てっぺんまで上ると、〝えいっ〟と勢いをつけて思い切って着地を決める。
 後はそのまま、後ろを振り返ることなく走った。
 走りながら、莉彩は空を見上げる。
 大丈夫、まだ満月(つき)は空にある。
 莉彩は夢中で、真冬の早朝を駆け抜けた。
 町に出て、いかほど走ったろうか。
 莉彩の脚が止まった。白い息を吐きながら、肩を上下させて周囲を眺める。
 辿り着いたのは、莉彩が四ヵ月前、初めてこの時代に飛んできた日に出現した場所だ。
 不思議な老人と遭遇したあの場所である。
 つい二日前にも、ここであの老人と再会し、例の暗号のようなフレーズを教えて貰ったのだ。
 確か、あの人はこう言った。
―ここから遠くない場所に、橋がある。そこにこの簪を挿して、おゆきなさい。
 莉彩は再び走った。
 目指す場所は何となく判っていた。実際には行ったことはないけれど、面妖なことに、あの老人が言っていた場所がどこなのか、どんなところなのか具体的に思い描くことができた。
 ほどなく、昼間は賑やかな往来が途切れ、町外れに出た。

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