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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第5章 想い

 教えてくれ、莉彩。私はどうしたら良いのだ? もう二度とそなたに逢えぬというのなら、私は何を生きる目的にして、これからの途方のない日々をやり過ごしてゆけば良い?
 今の私には、生きることはおろか、己れの座るこの玉座さえ疎ましい。
 王の座に一体、何の価値があるというのだろう? それとも、莉彩、民の苦しみや声に真摯に耳を傾けようともせず、こうやってたった一人の女への恋情に溺れ政を顧みようともせぬ私をそなたは軽蔑するだろうか。
 だが、私は何と誹られても構いはしない。そなたさえ私の傍にいて、いつもその微笑みで私の心を慰め癒やしてくれるのなら、歓んで良き君主になろう、そなたのために〝聖(ソン)君(グン)〟と呼ばれ崇められる賢明で情け深い王になってみせよう。
 孤独な王はたった一人、広大な宮殿の一隅に佇み、夜空を見上げる。漆黒の闇に浮かぶ満月は水晶(クリスタル)を思わせるほど透き通り、かすかに蒼ざめている。殿舎の向こうに見える月は手のひらを伸ばせば届きそうなほど間近に迫っており、くっきりとした表面の模様までもが見渡せる。
 王がふと思い出したように懐をまさぐった。懐に差し入れた王の手に握られているのは、一枚の手巾だった。白い小さな手巾の片隅に可憐な紫の花、リラの花が刺繍されている。劉尚宮に叱られて泣いていた莉彩の涙を王が手ずから拭き、莉彩もまた同じこの手巾で王の涙を拭った。二人にとっては想い出の品である。
 莉彩、そなたは、この手巾のことを今でも憶えているか?
 王は純白の布を月明かりにかざしながら、遠い時の果てにいる恋人に問いかける。
 月が異様なまでに明るい割には、夜空に浮かぶ星はまばらだ。時折、申し訳程度に瞬く星はいかにも頼りなげに見えた。
 この(朝)国(鮮)で至高の存在だと敬われる身でありながら、生涯でただ一度、心に抱(いだ)いた望みは果たされない。この広い宮殿には何千という人間がひしめいているというのに、彼が求めてやまない女人はどこにもいない。
 王はひたすら孤独だった。ただ、彼女に逢いたかった。この腕は切ないくらい彼(か)のひとを抱きしめたくて、抱きしめようと伸ばそうとするのに、彼女は遠い時の彼方にいて指一本触れることも叶わない。
―莉彩。
 王は最愛の想い人の名を心の中で叫ぶ。
 逢いたい、ただひとめで良いから逢いたい。

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