
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第5章 想い
切なさと恋情が嵐のように荒れ狂う。煌々と地上を照らす満月を身じろぎもせず見上げる王の端整な横顔には、濃い翳りが落ちていた。
退社予定時刻を既に一時間余りも過ぎ、その日の莉彩(りさ)の仕事は漸く目途がついた。もっとも、先輩である上杉実香子からの突然の頼みがなければ、とっくにタイム・カードを押して会社を後にしていただろうけれど。
安藤莉彩は二十六歳、北海道のR女子大の文学部英語学科を卒業後、郷里のY町には帰らず、そのまま北海道で就職した。
十年前、朝鮮王朝時代にタイムトリップした莉彩は、その時代に生きる人々を見た。国王や王族、両班(ヤンバン)と呼ばれる特権階級だけが贅沢に耽り、奢侈な生活を送る傍らで、庶民たちは日々の食べる米にさえ困り、貧しさに喘いでいる。
上の者は下の者から搾取することしか考えていない。富める者たちの許には放っておいても金が集まり、貧しい民が働いても働いても一向に金持ちになれない社会の仕組みは、どこか五百六十年後の現代日本にも通ずるところがあった。
莉彩はそこで民の生活の現実を知るにつけ、これまで何不自由ない二十一世紀の生活を当然と受け止めていた自分を恥じた。ちっぽけな自分には大した力はないけれど、二十一世紀に還ることがあれば、将来は福祉関係―介護の仕事について少しでも誰かの役に立ちたいと願ったのだ。
そのために大学で福祉や介護について学びたいという明確な夢を持つようになった。
しかし、現実は莉彩が考えるほど甘くも容易くもなかったのである。大学の資料を取り寄せて幾つかの希望大学を選び出したものの、三つ受けた中の二つの大学には残念ながら不合格となり、唯一合格した東京の大学には都会に行かせたくないという父の強硬な反対に遭い、夢はあえなく挫折した。
結局、最終的に選んだのがあの男(ひと)の見たいと言っていたリラの花の咲く北海道にある女子大だった。介護関係に進めないのなら、いっそあの男の愛した花咲く地に行こうと思ったのは、我ながら少し安易すぎたような気もする。
所詮、自分の理想なんて、この程度のものだ。
ちょっとしたことで夢を諦めてしまう自分は、何てつまらない人間だと莉彩は当時、少し自棄(やけ)気味になった。
退社予定時刻を既に一時間余りも過ぎ、その日の莉彩(りさ)の仕事は漸く目途がついた。もっとも、先輩である上杉実香子からの突然の頼みがなければ、とっくにタイム・カードを押して会社を後にしていただろうけれど。
安藤莉彩は二十六歳、北海道のR女子大の文学部英語学科を卒業後、郷里のY町には帰らず、そのまま北海道で就職した。
十年前、朝鮮王朝時代にタイムトリップした莉彩は、その時代に生きる人々を見た。国王や王族、両班(ヤンバン)と呼ばれる特権階級だけが贅沢に耽り、奢侈な生活を送る傍らで、庶民たちは日々の食べる米にさえ困り、貧しさに喘いでいる。
上の者は下の者から搾取することしか考えていない。富める者たちの許には放っておいても金が集まり、貧しい民が働いても働いても一向に金持ちになれない社会の仕組みは、どこか五百六十年後の現代日本にも通ずるところがあった。
莉彩はそこで民の生活の現実を知るにつけ、これまで何不自由ない二十一世紀の生活を当然と受け止めていた自分を恥じた。ちっぽけな自分には大した力はないけれど、二十一世紀に還ることがあれば、将来は福祉関係―介護の仕事について少しでも誰かの役に立ちたいと願ったのだ。
そのために大学で福祉や介護について学びたいという明確な夢を持つようになった。
しかし、現実は莉彩が考えるほど甘くも容易くもなかったのである。大学の資料を取り寄せて幾つかの希望大学を選び出したものの、三つ受けた中の二つの大学には残念ながら不合格となり、唯一合格した東京の大学には都会に行かせたくないという父の強硬な反対に遭い、夢はあえなく挫折した。
結局、最終的に選んだのがあの男(ひと)の見たいと言っていたリラの花の咲く北海道にある女子大だった。介護関係に進めないのなら、いっそあの男の愛した花咲く地に行こうと思ったのは、我ながら少し安易すぎたような気もする。
所詮、自分の理想なんて、この程度のものだ。
ちょっとしたことで夢を諦めてしまう自分は、何てつまらない人間だと莉彩は当時、少し自棄(やけ)気味になった。
