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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第5章 想い

 十年前、Y町にある本社で営業部長を務めていた父は現在、常務取締役にまで昇進していた。
 だが、いかに常務の娘であろうと、遠く離れたこの北海道支社にまでその影響力は殆ど及ばないと言って良い。莉彩は相変わらず、十年前と同じで要領の悪さは筋金入りだ。学生時代もやはり他人から何かを頼まれると厭な顔もできず笑顔で引き受けていたけれど、今も全く変わっていない。
 今だって実香子から残業を言いつけられて、〝ハイ〟とにこやかに応じてしまっている。むろん、他人のいやがることを笑って引き受けられるというのは、けして悪いことではない。むしろ、長所と言えるかもしれない。
―それが莉彩の良いところなんだよ、気にするな。
 ―と、そう言って励ましてくれた人が昔、いた。
 遠い朝鮮時代で徳宗と恋に落ちる前、付き合っていたB.F.の和泉慎吾だ。慎吾とは中学二年から高一までの三年間付き合ったが、結局、莉彩の方から別れを切り出すことになった。
 徳宗と知り合うまでにも、莉彩は慎吾への気持ちを今一つ、掴めないでいた。手をつないだことはあっても、キス一つしたことのない慎吾に対して、よく同年代の女の子が頬を紅潮させて話していたように胸が時めいたり、慎吾のことを考えただけで切なくなって涙が止まらなくなったりする―ということが全くなかったからだ。
 それが、ある日突如として朝鮮王朝時代にタイム・トリップして徳宗と出逢って初めて、かつて同級生たちが語っていたのと全く同じ体験をした。
―彼のことを思い出しただけで、居ても立ってもいられなくなるの。
 女友達の話として聞いていただけのときには、そんなことがあるのかと半ば懐疑的に思ったものだったけれど、現実に自分が味わってみると、まさにそのとおりなのだと思い知った。
 〝恋〟というものが何であるか知ったそのときはまた、慎吾への想いが異性に対するそれではないとはっきり自覚した瞬間でもあった。
―莉彩、一体、行方不明になっていた間に何があったんだ!?
 当然、慎吾の疑問は莉彩があちら(朝鮮王国時代)に飛んでいた空白の期間に向けられた。

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