テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第5章 想い

軽やかに奔放にほとばしるように枝という枝が流れ、桜花を彷彿とさせる淡いピンクが数え切れないほどついている。たくさんの小花を集めた豊かな花房はその重さでしだれ、優しく香る。
 枝は長く伸びて壁を覆い尽くし、まるで花の滝のように流れ落ちて咲き回る。〝ポールズヒマラヤンムスク〟と控えめに記されたプレートが片隅についていた。
 リラの花がここいらではありふれた花であるというだけでなく、恐らくこの店を訪れる誰もがまず最初にこの見事なつるバラのタペストリーの方に眼を奪われるに違いない。
 だが、注文したコーヒーが運ばれてきて更に十分が経過しても、莉彩はリラの花の方をじっと見つめていた。
 彼女の瞳にはリラの花の隣により鮮やかな色彩を見せているチューリップの束も映ってはおらず、ただ彼(か)のひとの見たいと言ったリラだけを映していた。
 その瞳に浮かぶ哀しげな色に、慎吾が気付かないはずはなかった。それでも見ないふりをして莉彩の意識がこちらに向くのを辛抱強く待ち続けた慎吾はやはり、十年前と変わらない。
 二十分が過ぎた時、流石に慎吾がたまりかねたように口を開いた。
「―好きな男ができたんだね」
 莉彩はハッとして眼前の慎吾に視線を向けた。あの頃より、ほんの少しだけ大人になった慎吾、相変わらず女の子にモテそうな甘いルックスで、髪の毛はサラサラとしてキレイで。
 額に落ちた前髪を何げなくかき上げる仕種さえ、十年前そのままに、思えた。もし一つだけ決定的に変わったところがあるとすれば、十年前、その瞳に宿っていた希望の代わりに諦めの色が濃くなったことだろうか。
「今、漸く気付いたよ。莉彩が十年前、突然に別れようなんて言い出したその理由は、俺の他に好きな男ができたからだったんだね?」
 その淋しげな口調に胸をつかれる。莉彩が一度として耳にしたことのないような絶望的な響きがこもっていた。
 だが、けして引き返すことはできない。何をどうしたところで、時を巻き戻すことはできないのだ。自分たちがもう二度と十年前の無邪気だった高校生には戻れないことを、この時、莉彩は、はっきりと知った。
「やり直せないか」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ