テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第5章 想い

 慎吾が何かの想いに懸命に耐えるような表情で言った。しかし、言葉とは裏腹に慎吾自身、莉彩と彼がもう十年前には帰れないのだと既に悟っているようでもあった。結末の判っている芝居の台本を読むように、慎吾はこんな場合に誰もが口にするありきたりの科白を口に乗せているだけのようにも思える。
「もう二度と昔には戻れないのよ」
 莉彩自身、やはり、こんな場面に相応しい常套句を口にした。
 だが、それは全くの真実でもあった。ここに来るまでに幾度となく考えたように、莉彩が慎吾に対してできることなど、実のところ、何一つありはしないのだ。ただ、慎吾がこんな自分に寄せ続けてくれた想いにちゃんとした応えを出すために、莉彩はここに来た。
 二人の幼すぎた恋の結末を見届けるために。
 莉彩は少し逡巡して言った。
 やはり、このことを慎吾には話すべきだろう。何故なら、莉彩は今日、そのために来たのだから。
「和泉君の言ったことは当たってるわ。私、とても好きな男(ひと)がいるの」
 しばらく慎吾から声はなかった。気詰まりなほどの沈黙が辺りに満ち、莉彩はその静寂に押し潰されそうになる。それでも、逃げることは許されない。これが、自分への罰。
 十年間、いや、慎吾と付き合い始めた十三歳のときから自分の気持ちを直視することから逃げ続けてきた自分への罰なのだ。
 沈黙は唐突に破られた。
「そうだったんだ、で、その男が俺よりよっぽど良かったってわけだね」
 意に反して、慎吾の口調は自らを卑下する風でもなく、淡々としていた。そのことに莉彩は少しだけホッとするとともに、そんな自分をやはり狡い女だと思う。
「どこのどいつなんだよ。十年前に既にその男に惚れてたのなら、いつ、そんな奴と知り合ったんだ? そいつと今でも付き合ってるのか?」
 だが、次いで慎吾の口から発せられたのは到底、同一人物のものとは思えないようなゾッとするほど低い声だった。
「和泉君―」
 何か言わなければと思っても、豹変した慎吾についてゆけない。
 慎吾が鋭く制止した。
「何も言うな! 黙って俺の話を聞いてくれ」
 表情の暗さや鋭さに相反して、その口調には懇願するような響きがある。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ