
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第5章 想い
莉彩は思わず眼を見開いた。
「今度、俺の勤務する会社がアメリカにニューヨーク支社を置くことになった。そこで国外では我が社初となるビッグ・プロジェクトを立ち上げることになってる。俺に今、そのチームに参加しないかっていう上からの内示が出てるんだ。恐らく向こうへ渡ったら、数年は日本に帰ってはこられない」
思いがけぬ話に、莉彩は息を呑む。
慎吾は製薬会社に勤務している。彼が籍を置くのは薬剤開発部だ。この十年間、慎吾にも様々なことがあった。高校野球ではエースとして名を馳せた慎吾はそのままS大に進んで大学野球でも活躍するかに見えたが、大学一年の夏に野球部の友達と出かけた海で溺れそうになった小学生を助け、自らが大怪我を負った。
沖合から突進してきたモーターボートを救助した子どもを抱えたまま避けようとしたのだ。間一髪のところを逃れたものの、慎吾自身はよけ切れなかった。結局、肩の骨を複雑骨折した慎吾は、プロ野球選手への夢を断念せざるを得なかった。
夢に向かって、ひたむきに進んでいた少年時代の慎吾を知るだけに、風の便りに彼を襲った突然の不幸を知った時、莉彩は我が事のように胸が痛んだのを憶えている。
それでも、慎吾はやはり強かった。夢を失った痛手からも立ち上がり、S大を中退して、別の薬科大学に編入して卒業したのだ。
「いつ―、いつ頃、日本を発つの?」
「五月のゴールデンウィーク明けすぐに発つことになっている」
もう一ヵ月の猶予もない。莉彩は、ふいに胸が息苦しくなって、小さく喘いだ。
「おめでとうって言うべきなんだろうけど、あまりにも急な話で、びっくりしちゃって」
莉彩が淡く微笑むと、慎吾は更に愕かせることを言う。
「これが最後のプロポーズになると思う。莉彩、頼む。俺に付いてきてくれないか」
「―!」
莉彩はうつむき、小さくかぶりを振った。
「ごめんなさい。私、やっぱり―」
だが、最後まで言えなかった。
慎吾が途中で遮ったからだ。
「良いよ。莉彩の応えは最初から判ってたさ」
慎吾は短く言うと、それきり口を噤んだ。
また、短い沈黙があり、思い切ったように言う。
「今度、俺の勤務する会社がアメリカにニューヨーク支社を置くことになった。そこで国外では我が社初となるビッグ・プロジェクトを立ち上げることになってる。俺に今、そのチームに参加しないかっていう上からの内示が出てるんだ。恐らく向こうへ渡ったら、数年は日本に帰ってはこられない」
思いがけぬ話に、莉彩は息を呑む。
慎吾は製薬会社に勤務している。彼が籍を置くのは薬剤開発部だ。この十年間、慎吾にも様々なことがあった。高校野球ではエースとして名を馳せた慎吾はそのままS大に進んで大学野球でも活躍するかに見えたが、大学一年の夏に野球部の友達と出かけた海で溺れそうになった小学生を助け、自らが大怪我を負った。
沖合から突進してきたモーターボートを救助した子どもを抱えたまま避けようとしたのだ。間一髪のところを逃れたものの、慎吾自身はよけ切れなかった。結局、肩の骨を複雑骨折した慎吾は、プロ野球選手への夢を断念せざるを得なかった。
夢に向かって、ひたむきに進んでいた少年時代の慎吾を知るだけに、風の便りに彼を襲った突然の不幸を知った時、莉彩は我が事のように胸が痛んだのを憶えている。
それでも、慎吾はやはり強かった。夢を失った痛手からも立ち上がり、S大を中退して、別の薬科大学に編入して卒業したのだ。
「いつ―、いつ頃、日本を発つの?」
「五月のゴールデンウィーク明けすぐに発つことになっている」
もう一ヵ月の猶予もない。莉彩は、ふいに胸が息苦しくなって、小さく喘いだ。
「おめでとうって言うべきなんだろうけど、あまりにも急な話で、びっくりしちゃって」
莉彩が淡く微笑むと、慎吾は更に愕かせることを言う。
「これが最後のプロポーズになると思う。莉彩、頼む。俺に付いてきてくれないか」
「―!」
莉彩はうつむき、小さくかぶりを振った。
「ごめんなさい。私、やっぱり―」
だが、最後まで言えなかった。
慎吾が途中で遮ったからだ。
「良いよ。莉彩の応えは最初から判ってたさ」
慎吾は短く言うと、それきり口を噤んだ。
また、短い沈黙があり、思い切ったように言う。
