
革靴を履いたシンデレラ
第5章 魔女のタマブクロモドキ
「シンデレラ、それにしてもあなたの髪なら、売る人を選べば兎よりも高値がつくのに。 ほら、あそこでハアハア言いながら壁の隅からあなたを見つめている女性とか?」
「アンリ姉さんみたいなことを言わないでくれ。 で、クレアがどうした」
彼はルナの目線の先を追わないようにして老婆に尋ねた。
「ああ、確かそんな名前だったねえ……おや? 雨が降ってきたようだ。 ここじゃ何さね。 すぐ近くにアタシの家があるから、アンタら茶でも飲んでかないかい?」
「まあホントだわ。 お天気雨かしら」
話している間にも雨足が強くなる。
市場を歩いていた人々も軒下や店の中へと避難しだしていた。
「この近くなら……仕方がないな」
老婆の家は集合住宅なのか、内廊下で行き来出来る、宿の部屋が集まっている作りらしい。
いつだったかここに来たことがある。 と、階段を上り終える前に、シンデレラは薄らと思い出してきた。
「キャッ!?」
「姉さん?」
後ろを振り向くと背後を歩いていたルナがいない。
「気にする事はない。 少し下の階で遊んで待っててもらうだけさ。 うちで雇った男たちとでね」
老婆がそれを気に留めることなく階段を上っていく。
やがて彼女が扉を開くと、赤や紫の布がかかった衝立の向こうに鏡台やベッドが置いてある部屋の入り口に着いた。
「ここでゆっくりするとええ」
「……お前とゆっくりなんて冗談じゃない。 相変わらずまどろっこしい真似をする」
入口の壁際で腕を組んだシンデレラが首を傾げた。
スツールに腰を掛けた老婆がニヤリと笑う。
そしておもむろに、顔に貼り付けていた弾力のある仮面のようなものをベリリと剥ぎ取った。
「あら、野暮な真似はしてなくってよお? ムード作りは逢瀬の基本でしょ」
急に口調を改め、フフと口角を上げたのはどうにか美しいといえなくもない、貧相で微妙な風貌をした女だった。
「フォードリアで魔女の真似事をしてるとか言ってたな……確か名前はタマブクロもどき」
「全然違う! アタクシはダーマ・メトロドーキ!!」
青ざめて言い直す女・ダーマが居住まいを正した。
「それにしてもシンデレラ。 ますます綺麗な男になったわねえ。 さあ、こちらへいらっしゃいな」
「は、何で」
と、言いかけたシンデレラの体が硬直する。
