
革靴を履いたシンデレラ
第6章 もう一人の魔女*
かつてのシンデレラは彼女を抱くのに余裕なぞなかった。
終わりがけにやっと、この時だけはイザベラの喉から漏れ出る音がまるで別物なのだと気付いた程だった。
それは自分の自尊心を大いに満足させた。
だがイザベラとは、射精の直後に男に甘える事をせず、下手をすると相手を一人残しシャワーを浴びに行くたぐいの女性だった。
それでもベッドから起き上がる前にする、彼女の軽いキスや美しい微笑は、相手に微かな希望や安堵を持たせてしまう。
数度彼女と寝てみたが、いつもどこか噛み合わなかった。
その正体が分からないうちに、距離もあり結局、シンデレラは自然とここに来なくなった。
それでも何の後腐れもない。
今なら分かるが、それはイザベラの気遣いだ。
……例えばこんな風に再会した時。
または何かの拍子に彼女を思い出した時、少しの苦い後味も相手に残さないように。
「前よりも良い男になったね」
そう言われ、シンデレラは首を斜めに向けた。
他の女性に対するように「そうだろう」などと軽く微笑む余裕は今の方がない。
「最近は……自分が嫌になることが多い」
「たまにはいいよ」
イザベラが軽く彼の頬に触れた。
「子供は辛い時には泣けばいい。 けれど、大人になったら? 誰かと話して、好きなものを食べて、美味しいお酒を飲んで、肌を触れ合わせて。 そしたらいつの間にか、自然に笑えるもの。 その選択が人を造るんだよ。 悩んで落ち込んで、たくさんの人の手が掛かってる笑顔って、綺麗だと私は思ってる」
しばらく彼女を見つめていたシンデレラは彼女の手を取り口付けた。
この場にそぐうのかもよく分からない、「ありがとう」という言葉が震えそうな気がしたからだった。
