獣人さんが住む世界で大っきいカレに抱き潰されるお話
第8章 終章「覗きとは違います、これは使命なのです!」*
「わ、私は……私のことなら、いいの。 でも、でもね……でもっ…!!」
スポンジを手に取ったご主人は再び赤い肌を擦り始めました。
柔らかい肌が傷付いていきます。
ご主人は美しい容姿の持ち主でしたが、周囲の同年代の者と比べ、学業の成績も身長も抜きん出ていました。
普通ならば高嶺の花となるところなのに、孤独なご主人に対し、未熟な彼らは、自らの卑屈な自尊心を満たそうと考えたようです。
ご主人の噛み締めた形の良い唇が、血で滲むのは私には許せませんでした。
それは純真な心を自分自身で黒く塗り潰していくように見えたのです。
(ご主人。 見誤ってはいけません。 貴女はこんなにも可憐な少女なのに。 気紛れな悪意になど相手にしてはなりません)
「シン? あ、泡が」
ご主人はスポンジに噛み付いた私を慌てて自分の体から離しました。
「それは体に悪いものなの。 シンぺっしなさい。 ほら、ぺっ!」
(ご主人がそんな馬鹿なことをしないなら)
ご主人にはなぜだか私の言いたいことがぼんやりと伝わるようでした。
そして私がご主人の涙を見たのは、それが初めてでした。
ご主人は今にも崩れ落ちそうな表情をしていました。
「ぺってして……だって体を壊したら、病気になっちゃう……それって苦しくて痛いんだよ。 お父さんとお母さんは事故だったけど、きっとすごく痛かったんだよ」
(………)
「シンはダメだよ。 シンはどこにも行かないよね。 い、いかないよね、私を嫌わないよね、傍にいてくれるよね」
高校生の少女が一人っきりで生きていく。
侮蔑の言葉を投げられても家に帰れば、そんなことは無いよ、お前は世界一可愛いよ、そう言って抱きしめてくれる存在がいないこと。
それは辛く過酷なことですが、世間とは何者にも厳しいものです。
私はご主人に語りかけました。
(……ご主人、私は自分の意思でここにいるのですよ)
「うっ、…ふぐ……っ」
(貴女は私の意思での飼い主なのです)
「っぅ…うっあぁ…ぅわぁあああっ」
(何だかんだいっても結局、私はご主人のような人間を放っておけないのです)
「わあああああん、うぁああ────……」
(だから私は傍におります)