ハズビンBL ルシアダ/アダアラ
第1章 ルシアダがチェスを興じて楽しく会話するだけ
「うわあぁああっ」
自分の情けない声も遅れて口から洩れる。
後ろを振り返れば棘ばかり天を向いた森だ。
減速しようと羽を広げるも間に合わない。くそ、と呟いて最初に手が触れた木にしがみつくように指に力を込めた。ぼろりと崩れて投げ飛ばされる。あんなにも得意だった飛行がうまくいかない。
「手加減しろよ…」
派手な破壊音を立てながら森に落ちる。
むかつくほどに、静かな森に響き渡る。
ずしゃっと泥で背中が汚れた。
「ファーック」
起き上がるのも難儀で、そのまま大の字に脱力する。
たった数秒で追い出された。
風の音と、下品な鳴き声だけの森に。
くしゃりと落ち葉を掴んでみる。
頷いていれば、まだあの空間に居れただろうに。
「また箱庭のペットなんて願い下げだ……くそ」
しかし清々しいな本当に。
こんなにもさっさと追い出されるとは。
むくりと起き上がって、近くの木のてっぺんまで飛び上がる。
目を凝らしても、建物の輪郭がぼやけて見える程度。
戻るのも骨が折れるが、今夜の宿を探すのも同じくらい難儀だ。
「せめてベッドぐらい借りればよかったな」
「今からでも遅くないぞ」
背後から聞こえた声に、落ちそうになるのを何とかこらえて振り返る。
ニヤニヤとした赤い目がこちらを見下ろしている。
どんな手を使ったかなんて愚問過ぎる。
力の差は歴然。
ぶはーっと溜息を吐いた。
「私サイズのベッドがあるのかよ」
「用意しよう。フリルカーテンもつけてやるぞ」
手作りでもするんじゃないかというテンションで空を踊る。
精々この夜だけだ。
気まぐれに朝には追い出されているだろう。
そしてくだらない会話の尽きない長い夜になるだろう。
「上等な天蓋を頼むよ」
「いいだろう。カスタマイズは任せろ」
「だから、ジョークだって……」
グイっと肩を掴まれたかと思うと、数瞬でチェス盤の隣に戻っていた。
息一つ乱れず、ご機嫌にステップをしながらルシファーが扉に向かう。
「こっちだ、アダム」