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Kalraの怪談

第42章 四十二夜目:黒い人

「儂にまかせておけ」
坊主は主のいる部屋に入ると、念仏を唱え始めた。
すると、みるみる主の顔色が悪くなり、首を押さえて苦しみだす。
「お前は人を喰うじゃろう。どこから来たか!悪鬼よ」
恫喝するように坊主は言う。主は冷や汗を流しながらも笑みを浮かべ
「なんじゃ、糞坊主!貴様の経などで、何ができる」
「それに、残念じゃったな。この体じゃ人は喰えん。ダメじゃな。男はだめじゃ」
坊主が念仏の声を高めると、更に主人は苦しみ悶える。それでも、主人は坊主を縊り殺さんとするように、にじり寄っていく。
ひときわ読経の声を高めると、主人の体はグラリと傾いだ。その一瞬の隙に、坊主は床の間にあった刀を取り上げ、やにわ主を斬りかかった。そして、妻があっと声を上げる間もなく、返す刀で主の首を切り落とした。

妻が叫び声を上げると、切られた首から何やら黒いものが飛び出し、障子を破って外に出ていくのが見えた。
「御覧なさい」
坊主は妻に斬り殺した主の遺体を示した。首の中、腹の中、ともに真っ黒だった。
そこにはあるべき臓腑がまったくなかった。
「あなたの主人はもうとっくに亡くなっていた。今まで飯を食らっていたのは、今飛び出していった物の怪だ」
そう言って、座り込むと、数珠をとって今度は穏やかに経をあげ始めた。
そして、一通り供養が済むと、妻に振り返り、
「主の亡骸はきちんと弔うがいいだろう。だが・・・あなた達の子だが、残念だが、物の怪の血を引いてしまっている。この後も、あの黒い物の怪がやってきて取り憑こうとするやもしれない。どうやら、あの物の怪は男の皮を被っても大したことはできないらしい。だが、女子の場合は人を喰うようになるやもしれない」
「子らに伝えなさい。たとえ物の怪にあっても、言葉をかわさぬように。約束をしてしまえば、その返報として身体を求めてくる。決して約束をしないように・・・と」

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