テキストサイズ

Kalraの怪談

第55章 五十五夜目:現身の桜〜うつしみのさくら〜

☆☆☆
うちの実家、今はもうないんだけどさ、結構歴史がある家でさ、庭に立派な桜があったんだよな。桜も立派だったけど、家もご立派でさ、小さい頃から厳しくしつけられたんだよね。特に嫌だったのが兄貴のSと比べられることだったな。『Sは〇〇なのに、Tは☓☓』みたいな言われ方がしょっちゅうだった。
それで、高校生の時は一番の反抗期。散々遊んで、いい加減にしていたんだ。皆が見ていたのはその頃の俺だな。

あれ、話が逸れたな。そうそう、桜だ。

俺は小さい頃からばあちゃんから『あの桜は特別な桜だ』と言われて育ったんだ。ばあちゃんは何が特別なのか、具体的に話してくれなかったけど、俺はわかってたんだよな。あの桜、春になって花の咲く時期になると、根元辺りにぼんやりと光るモノが立っているのが見えるんだ。

そう、多分幽霊。
お前、こういう話し好きだろ?

顔も見えないし、手や脚もはっきりしないけど、なんとなく人っぽい。まあ、物心ついたときから毎年見ていたせいか「怖い」っていうのはなかったけど、確かに特別なんだというのはわかった。
毎年毎年、そいつはただそこにいるだけで、別に何もしないんだ。
だけど、アレは専門の1年のときだったな。実は遊びで付き合っていた女の子を妊娠させちゃってさ、やべえ、堕ろすにしても金がねえ、ってなったんだよね。今考えると最低だよな俺。

で、それが丁度、今頃、桜の時期だったんだ。
俺は、どうしていいかわからずに庭をウロウロしていたんだ。
ウロウロしながら『ちきしょう!金がどっかから降ってこねえかな』なんて馬鹿な独り言を言いながらさ。そうしたら、桜の木の下のアレがふらりと動いたのが見えた。そして、顔、顔見えないんだけど、顔だってわかったんだけど、それをこっち向けたんだ。

丁度顔っぽいところに横に切れ目が入ってさ。
そう、そいつ笑ったんだよ。ニヤリっていうのがぴったりな笑い方。
そして、フッと消えたんだ。

そしたらさ、次の日、俺が止めていたバイクに車をぶつけたやつがいて、なんやかんやで示談金っていうの?で結構な金が転がり込んできたんだよね。

妊娠した彼女には頼み込んでその金で子ども堕ろしてもらったんだ。

これって、あの桜の木の下のアレのおかげだよな。どう考えても。
当時の俺はそう思ったんだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ