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Kalraの怪談

第55章 五十五夜目:現身の桜〜うつしみのさくら〜

それからかな。何かに困ると、事あるごとに俺は『アレ』に願いをかけたんだ。
いろんなことが上手くいったよ。資格試験の山かけも完璧にあたったし、就職もトントン拍子だった。最初に就職したところで営業やってたんだけど、ここぞって時にはよい顧客にも恵まれて、結果ヘッドハンティングされて今の銀行に勤めることになったんだよ。

え?いいことづくめじゃないかって?

ああ、そうだよな。俺もそう思ってきた。
でもな、初めて『アレ』に願いをかけてから5年くらいしたときかな?ふと気付いたんだよ。
桜の木の下のアレが、だんだんとしっかりした人間の輪郭になってきていたんだよな。小さい頃見ていたときはぼんやりとした光の塊みたいだったんだけど、今はもう、間違いなく人。良く見ると目鼻も見えてきた。

そして、願いをかけるときの例のニヤリっていう笑いも。今はもう、ハッキリと「笑った」とわかるようになっていたんだ。
で、一番ゾッとしたのは、その顔立ちがどうも俺に似ているんだってこと。
さらに2年くらい過ぎて、もうそろそろ30になろうという年。実は、俺、その当時、結婚するって決めたんだよな。

で、落ちついて身を固めようとした時かな。その時も性懲りもなく、何かの願いを俺は『アレ』にかけていたんだけど、初めて、『アレ』がニヤリと笑いながら俺に手を伸ばしてきた。あまりにもびっくりして、俺が動けなくていると、『アレ』の指先が俺の首筋に触れたんだ。その瞬間、あまりの冷たさにびっくりした。
その指先がゆっくりと喉に食い込んでいくのがわかるが、体が全く動かないんだ。
そして、なにより、眼の前で『アレ』のぼやけた顔が、丁度カメラのレンズの焦点を合わせるみたいにくっきりとしていく。

そいつは、俺の顔になっていった。

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