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Kalraの怪談

第55章 五十五夜目:現身の桜〜うつしみのさくら〜

その時、『T!!』と母屋から声がかかった。
母の声だった。

その声がかかった瞬間、『アレ』は霧消した。そして、俺の体も動くようになった。けど、ものすごい倦怠感で立っていられず、その場にしゃがみこんだ。
その上、どうやら息も止めていたみたいで、俺はゲホゲホ咳き込んでしまった。

当然、何をしていたのかと問い質された。祖母と母の2人でだ。
俺は母達のあまりの剣幕に、専門1年生の頃からの『アレ』とのことを喋っちまったんだよな。どうせ信じてはもらえないだろう、そう思ったんだけど、母達の反応はチョット予想と違った。

『お前に、ちゃんと話しておかなかったのがいけなかったね…』

祖母はそう言うと、母ともども少し俺から離たところで、『S子さん(俺の母の名前)、ここまで来てしまったらもう…』『これ以上…させないように』などとゴソゴソと話していた。

結局、俺は仕事を無理やり休まされて、婚約者である彼女といっしょにY県にある親戚の家に行くように命じられ、1週間ほどそこで過ごしたんだ。

それきり、実家に戻っても、『アレ』に会うことはなくなった。

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