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自殺紳士

第3章 Vol.3:9歳の少年

それから一週間くらい、ぼくと男の人は一緒にいた
その間、たくさん寝たし
 だいぶ遊んだ
  TVもいっぱい見たし、
公園でいっぱい走ったりした

 急かされないこと
  比べられないこと
 点数がつかないことは
初めてだった

ぼくはだいぶ元気になった

ある日、男の人はぼくに言った
「そろそろ家に帰ろう」
そう言われて、ぼくはふと、胸が詰まるように感じた

家には帰らなければいけないと思うけど
 あんな風に、また走れるだろうか?


男の人は困ったように笑いながら
「でも、もう、時間なんだ」
と言って、不思議な話をし始めた
「神様が決められたこと。もうすぐ、君はぼくのことを忘れてしまう
 そうなる前に、家に戻らないといけないからね」

ぼくは意味がわからなかった
ぼくが忘れる、なんて、なんでこの人が言えるのだろう
忘れないかもしれないし、
 忘れないと思うのに

でも、男の人は至極まじめな顔つきで、ぼくの目を見て言った

「ぼくは、ずっと君のそばにはいられないんだ
  神様がそうお決めになったんだ
 だから、君は一人で歩かなくてはいけない。
  でも、大丈夫
  もしも、また道に迷ったり、ひどく困ったりしたら
 絶対に、助けに来るから」

男の人は小指を出した
  ぼくは黙って指切りをした

困ったら、誰かが助けてくれると思えることも
難しいことでも、ぼくがわかると思って話してくれていると思えたことも
 ぼくにとっては、初めてだった

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