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自殺紳士

第5章 Vol.5:底辺の人

僕は、包丁を持ち出した

コンビニに入る
 棚には澄ました商品
 買い物を自由にできる人たち
震える手を押さえて

僕はそこをあとにした

ファストフード店に入る
 注文があるふりをして
 席に着く
談笑するグループ
 高そうな携帯端末を操作する人
 何かの勉強をしている人

見ながら、僕はココロの中で祈る
「ダレカ・・・」

僕はそこをあとにした
街を歩く
 高そうな服を身にまとう人
 急ぎ足で歩くサラリーマン
 手を繋いで歩く夫婦
 子供の手を引く主婦

「ダレカ・・・」
僕はバックの中の包丁を確かめる

それをそっと引き抜こうとしたとき
誰かが僕の手を掴んだ

瞬間、冷水を浴びせられたように驚いた

見ると、僕の手を掴んだ男は
 まるで喪服のような黒のスーツに
 かろうじて黒ではない濃紺のネクタイをしていた
まだ、青年、というくらいの年齢の
ひどく間の抜けた顔をした人物だった

ただ、その男は、僕の手を掴んだまま
 ゆっくり首を振った

「ダレカ・・・」
僕は、つぶやいていた

「ずっと、ずっと思っていた
 誰かが来てくれたらやめようって
 誰かが気づいてくれたらやめようって」

抵抗を予測していたのだろうか
男は拍子抜けしたように手の力を緩めた
 僕は、バックの中で、包丁からそっと手を離した

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