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Injured Heart

第10章 主治医

【The doctor sat smiling even though he was injured】

当麻は雪一の主治医だった

こころの傷が体のそれのように視えてしまう雪一
かつて一度 声が出なくなったことがあった
声を出すことが恐ろしくなったのだ
自分が発した言葉が
まるで刃になって 人の身体を傷つける
どう言葉を発していいか分からなかった
だが 黙っていても 両親の身体は傷ついた
当時の雪一は どうしていいか分からず
身動きが取れなくなった


当麻はその時の主治医だった
正確には「 その時からの」だ

雪一は当麻の前でも話さなかった
当麻は雪一に二言三言話しかけると
後は静かに雪一のそばにいた
当麻は雪一が話さなくても
傷つかなかった

何度目か
診察室に入ったとき
雪一は目を疑った

その日の当麻は 心臓から 瞳から
血を流して座っていた
血が 涙のように頬を伝っていた

ー先生…
雪一は思わず口に出した
当麻は血にまみれた頬を緩ませ
いつものように微笑んだ

診察はいつもと変わらなかった
雪一がその日発したのはたった一言だったが
久しぶりに声を発したことを当麻は喜んだ
最後に

ー今日は先生、元気がないんだ
 診ていた患者さんが
 亡くなったから
 君にも心配をかけたかもしれないね

と告げた

雪一はただ聞いていた

次の回の診察
雪一は自分の秘密を話した

生まれて初めてのことだった

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