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蜜会…春の揺れ

第1章 春の揺れ

 9

「……は、はい、もし…もし………」

 騒つく心を押さえ込み、できる限りの精一杯の声音で応えた…

「今夜、帰れることになったから」

「えっ……」

 目の前が、一瞬、暗くなりーーー

「予定していた会議が、明日になったから…」

「…………ぁ…は、はい………」

「せっかくだからさ………」

「ぇ……………」

「ほら、母さんも、病院で安静にしているだけだからさ…」

「………………」

「…だからさ……
 久しぶりに外で食事でもどうかなってさ…」

「…………ぁ………は、はい……………」

『せっかくだから……』

 その言葉が、離れず…

 足元が、揺れ…

 視界が、歪む――― 

「………………」

「実はさ、もう予約はしたんだよ」

 スマホを持つ手が震え…

「………………」

「ほら、昔、よく2人で行った、あのイタリアンにさ」

 膝が緩み…

「………………」

「18時にさ…」

 力なく、しゃがみ込んでしまった。

「………………」

「ん…おい、美春、どうした?」

 道行く人が、しゃがむわたしを見ながら通り過ぎていく…

 そう、ここは、知らない街―――

「……ぇ………ぁ………」

「ほら、あのイタリアンに18時だよ…」

 昔…
 指輪を貰った、あのレストラン…

「………ぁ……は………」

「18時なら、大丈夫だろう?」

 わたしは、ふと、左指を見る…

 できるなら…

「おい、美春、どうした?」

 このまま、消えたい――

「…………ぁ……は…はい……」

「じゃ、そこで…………」

「………は、はい…わかり……ました………」

 また時を…

 なぞられてしまった――――

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