
君の体温は義務だった
第2章 通知
「最初は何だこのおかしな制度って思ったけどさ。」
画面に映るアンケートの一文を指でなぞる。
『終わった後は少し気持ちが楽になりました。』
「これ、なんか分かる気がするわ。」
牧野はどこか懐かしそうな眼差しで笑った。
「ちゃんと存在する意味はあるんだな。」
「だな。」
少なくとも。
このシステムによって、孤独の底から救われている人間が確実にいる。
それだけは、エンジニアとして認めざるを得なかった。
◇◇◇
数日後。
朝から、システムログと睨めっこを続けていた。
マグカップのコーヒーはとっくに冷めきっている。
今日は久しぶりにちゃんと自分で淹れてきたのだが、作業に没頭するあまりすっかり飲み頃を逃してしまった。
小さく息をつき、もう一度ディスプレイへ視線を戻す。
HUG+には毎日、全国から膨大なデータが集積されてくる。
心拍。
体温。
睡眠。
活動量。
抱擁前後のストレス数値の変化。
そうしたあらゆる生体情報をもとに、AIは利用者の内面状態を自動推定する。
孤独リスク。
心理状態。
健康傾向。
あらゆる感情や気配を「数値」に変換することで、真に支援を必要としている人間を早期に見つけ出す。
少なくとも、現在のHUG+はそうした理念のもとに運用されている仕組みだった。
画面のログをゆっくりとスクロールしていく。
その時、エラー報告書が一件、目に留まった。
「……またか。」
誰もいない自席で、思わず声が漏れた。
感情推定AIによる「誤差」の報告書だ。
詳細画面を開く。
対象となった利用者のログを、上から一つずつ追っていく。
心拍数に目立った乱れはない。
睡眠時間も平均値を維持している。
活動量も極端に低下してはいない。
AIがこの利用者を「問題なし」と自動判定したロジック自体は、エンジニアの目から見ても整合性が取れている。
だからこそ――酷く厄介だった。
一体どこを直せばいいのか。
アルゴリズムの何を見落としているのか。
いくらログを精査しても、答えは提示された数字の中には見当たらない。
……裏を返せば。
『数字の中には答えが存在しない』ということ自体が、一つの答えなのではないか。
そんな嫌な予感が、胸の奥で小さくくすぶり始めていた。

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