テキストサイズ

君の体温は義務だった

第2章 通知

朝。

出社すると、席につくなり牧野がスマホを差し出してきた。

「見て。」
「何。」
「エコー。」

画面を覗き込む。
そこに映っていたのは、白黒のぼんやりした画像だった。

……正直。
見慣れていない俺にはよく分からない。

「これ頭。」
「へぇ。」
「で、ここが腕。」
「なるほど。」

適当に相槌を打っていると、牧野が呆れたような顔をした。

「全然分かってねぇな?」
「バレた?」

二人で笑う。

「名前、もう決めてんの?」

何気なく尋ねてみた。

「候補だけだけどな。」
「どんな?」
「男なら、湊。」
「へぇ。」
「女なら、陽菜。」
「陽菜か。」
「まあ、まだ変わるかもしれないけど。」

牧野はスマホの画面を見つめながら、愛おしそうに笑う。

「考えるの、楽しそうだな。」

口にすると、牧野は迷うことなく答えた。

「楽しい。」

その一言だけで、今のあいつの幸福感が十二分に伝わってきた。

たぶん。
こういうことなのだろう。
まだこの世で一度も会ったことのない存在を、これほどまでに大切に思えるというのは。

◇◇◇

昼休み。

牧野は昼飯を食べ終えると、スマホのスケジュール帳を開いて予定を確認していた。

「今日、帰りにベビーカー見に行くんだよ。」
「もう?」
「早い方がいいんだって。」

チャイルドシートの選定。
学資保険の検討。
広めの部屋への引っ越し。
近所の保育園の下調べ。

聞いているだけで、やるべきタスクは山ほどあるらしい。

「へぇ。」
「そうなんだ。」

生返事ばかり返している気もする。
でも。
決して嫌な気分ではなかった。
むしろ、どこか微笑ましくすら思えた。

普段、仕事の話くらいしかしない職場の同期が。
今はまだ見ぬ新しい家族のために顔をほころばせている。
その表情を見ているだけで、こちらまで心が少し温かくなった。

◇◇◇

夕方。

PCの電源を落としていると、牧野がリュックを肩に掛けた。

「じゃ、お先。」
「おう。」
「今日、嫁さんと病院なんだ。」
「ああ。行ってこいよ。」
「ありがと。」

牧野は嬉しそうに手を振り、先にオフィスを後にした。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ